2013年08月23日

伝統芸能が一堂に集結

posted by 斉藤勝也 at 20:40| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | インドネシアとバリ島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月05日

イルカは名前で呼び合っている

posted by 斉藤勝也 at 00:56| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月28日

  僕が ミラノのダヴィンチ空港に降り立ったのは 6月の始め頃だった。  日本では梅雨に入ったばかりのジメジメとした嫌な気候の時期だったが、 イタリアに着くと一転、 目を突き刺すほどの太陽が辺り一面に降り注ぎ、 一瞬にして僕の感覚を狂わせた。 イタリアというと太陽の 国というイメージがあるが、こんなにも紫外線が強いとは思わなかった。その年はヨーロッパでも異常気象であったみたいだが、まだ6月のはじめだというのに、日本の真夏以上に暑かった。僕は予約してあったホテルへ向う為、バスのチケット売り場へ向い、ミラノチェントラーレ駅行きの チケットを一枚購入し、バスに乗り込んだ。バスには20人ほどの乗客がいたが、日本人は僕一人で、若いバックパッカーらしき人や、家族連れなど 様々であった。運転手は年配の男で、いかにもラテンの陽気な男という感じで、人の良さそうなイタリアーノという印象だった。 バスが走り出し暫くすると高速道路に乗った。高速に乗った途端だった。運転手のテイションがいきなり上がりだし、カンツォーネらしきものを 歌いだした。はじめは僕も、さすがは陽気なイタリア人だなと関心したが、歌と同時に急にバスのスピードが上がりはじめ、ゆうに120キロは出ていたと思う。当時のイタリアにはスピード制限がなく、それまでイタリアの車窓を眺め、イタリアの景色に酔いしれていた僕は何だか急に不安な気持ちになった。そのうちにスピードを緩めるだろうと楽観的に考えるようにしたが、スピードが緩むどころか、フニクラを唄いだしたら、何人かの乗客も一緒になって 唄いだし、スピードがますます上がっていった。僕は周りの乗客の顔を見渡したが、皆何食わぬ顔をして、動揺してる気配はない。 僕は一人不安を抱きながら、 このラテンの馬鹿野郎何やってんだ。事故ったらどうしようもないだろうと思いながら、 30分位走っていると 運転手が急にスピードを弱めた、僕の顔に安堵感が戻った次の瞬間だった。隣の車線で事故が起きていたらしく、めちゃめちゃに破損した車と救急車があり、丁度事故の当事者の大男が頭から血を流し、グッタリして、タンカーに載せられていた。ほら見ろ 、いわんことじゃない 、あんなにスピードを出したら事故るに決まってるだろうと内心誇らしげに運転手の方に視線を送った。運転手も乗客も皆 歌をやめ事故現場を見て、何やら訳の解らぬイタリア語で話していたが、僕はこれで運転手もスピードを落とすだろうとひと安心した。然しである 喉元通れば痛さ忘れるという言葉があるが、事故現場を過ぎると運転手は再び歌を歌いだし、スピードも徐々に上がっていった。僕はイタリア人を甘く見ていた。事故現場を過ぎてからの方がスピードが増したようだった。たぶん運転手はよほど早く仕事を終わらせたかったんだろう。その時の自分は なるようになれというような諦観の境地にたっしていた。
posted by 斉藤勝也 at 00:28| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月29日

その20行商人珍道中1

そんな時でした、ひとつの交遊が、終わると、また自然と新たな出会いを呼び込むもので、僕は、以前からの惡友である、岩下君より、或る男を紹介されました。その男の名は、勝川真澄という名でしたが、身長は、185センチもある、大男で、顔立ちは、松沢君とは正反対の端正な甘いマスクの持ち主で如何にも遊び人風の男で、不倫は文化などといった、馬鹿な大義名分を吹聴しそうな、そんな軽い感じのする男でしたが、松沢君とは違い、世間慣れした、バイタリティーがあり、とても社交的でありましたから、彼といる時は、会話に気を使わなくてすみ、煩わしい沈黙に、神経をすりへらす事もなく、いつもなら自分の役目である、お道化も、その男といる時は、忘れられる、そんな清々しさというか、解放感というか、肩の荷が降りるというか、その男といる時は、僕のお道化も一休みできました。
そして、何よりもその男の一番の魅力は、遊びに精通しているという事で、女道楽から、博打から旅行まで、あらゆる道楽に精通していて、おまけに読書好きときていたので、会話はそれなりに愉快なものでした。そしてなによりも僕の興味をひいたのは、その男の職業で、昔は芸能プロダクションのマネージャーをやっていて、今は行商をしているとの事で、自分には行商という仕事がどういうものかも、わからなかったので、
『勝海さん(その男は、自分より五つ年長だったので、会話をする時は、敬語を使っていました。)行商って仕事は、どんな事をするんですか?』
『行商ってのは、古くさい言葉だけど、所謂今で言う営業だよ。飛び込みの営業だよ。』
『へェ行商ってのは、営業の事なんですか。?』
『そう。そう。営業の仕事だよ。』
『それじゃ、営業だから物を売るんですね。?』
『勿論。物も売るけどね。まぁでも自分の場合は、物を売り込むというよりは、自分を売り込む。と言った方が正しいね。』
『自分を売り込むですか。?』
『そうだよ。自分を売り込む事が、大事なことだよ。営業っていうのはね。』
『なるほど。そういうものなんですか。?』
自分は、それまで殆ど社会経験が無かったので、営業の仕事が、どういうものかも、てんで見当がつかずその男の言葉を鵜呑みするしかありませんでした。
『それで勝海さん、いったい何処に売り込みに行くのですか。?』
『それは日本全国北は、北海道から南は九州沖縄まで、飲み屋がある所なら、何処でも行くよ。』
『へェーそれは面白そうな仕事じゃないですか。』
『まぁ、仕事というよりは、旅行をしているという感じかな。』
『旅行ですか。』
『そう。旅行気分で、できる仕事だよ。』
『楽しそうですね。』
『そりゃ、楽しいさ。旅行しながら、お金を稼ぐんだからね。』
僕は、旅行は嫌いじゃないし、行商という仕事に大変興味を持ちました。
『でも、勝海さん、飲屋街へ行って、いったい何を売るんですか。?』
『売る物は、いろいろだよ。カレンダーから、ライター、キーホルダー何でも売るよ。』
『へーいったい誰に、売るんですか。?』
『スナックのママだよ。』
『スナックのママ相手に商売するんですか。?』
『そういう事。』
『今どき、カレンダーや、ライターなんて売れるんですか?』
『そりゃ、こっちの腕だよ。俺が売れば、すぐに売れるよ。』
『へー凄いですね。』
僕は感心したふりをしていましたが、内心は、馬鹿にしていたというか軽蔑をしてました。
『勝海さん、行商の仕事は誰でもできるんですか。?』
『そんなに難しい仕事じゃないからね、誰にでも出来るよ。』
『そうですか。それじゃ、僕にもその仕事やらせてもらえませんか。?』
『いいよ。』
僕は、行商という特異な仕事に大変興味を持ったので、その友人に頼んで行商の仕事をやる事にしました。
最初に茅場町にある、会社の事務所へいき、社長らしき人の面接を受けました。年は50代の後半位で、本業は家具の輸入販売をしているとの事でしたが、その場で、商品のサンブルと、アタッシュケースを渡され、社長から『それじゃ、斉藤君頑張ってね。最初は、勝海君と一緒にまわった方が良いよ。彼は経験があるから、売れる場所を知ってるからね。』
『はい。』
後日、僕はなれないスーツにネクタイをして、アタッシュケースを手に勝海さんの車に乗り込みました。
『今日は何処で営業するのですか。?』
『今日は、取り敢えず近場の鹿島でも行ってみるか。?』
『鹿島ですか。』
『そう。鹿島、あそこは意外と売れるんだよ。』
『へーそうなんですか。ところで鹿島って何県ですか?』
『鹿島は茨城だよ。潮来のちょっと先だよ。』
『茨城ですか。』
僕は鹿島が茨城だということを、その時初めて知りました。
『鹿島は飲み屋の数は余り多くないけど、田舎だからけっこう売れるんだよ。』
『へー田舎の方が売れるんですか。』
『まあ、都会のママはずる賢いからね。そのてん田舎のママは案外、純朴というか、お人好しが多いからね。』
『へー』
『まぁ、最初は僕が売ってみせるから、僕の営業トークをしっかり見て盗みなよ。』
その男は、余程自分の営業トークに自信があるのか、得意げな顔をして語っていましたが、僕は物を売るという事よりも、見知らぬ土地へ行って見知らぬ人と話すという事の方に、興味があったので、その男の自慢話には興味が持てず、関心したふりだけしてましたが、その男は楽しそうに自慢話をしていました。しまいには、自分が何人もの女と付き合ったかという話まで自慢げに話していたので、僕はこの人は、大変幸せな人で、悩みなど持った事のない人なんだなと思いましたが、御しゃべり上手なこともあり、松沢君とは、違った刺激があり、空虚な時間を埋めるのには最適でした。
行き先が決まり、僕達二人は車で茨城県の鹿島へと向かいました。潮来インターを下りて、30分くらいすると目的地である鹿島に到着しましたが、これといった繁華街もなく、駅前も寂れた感じで、こんな所で営業ができるのか不安になりましたが、勝海さんは自信あり気に
『まぁ最初は俺が売って見せるから、よく俺の営業トークを聞いていなよ。』
僕は余り彼の言葉を信じていなかったので多少不安はありましたが、その時は彼の言葉を信じるしかありませんでした。
僕達は、安いビジネスホテルに宿を取り、打ち合わせをしました。打ち合わせといっても、商品のサンプルと値段表を見比べるくらいでしたが、商品を実際に自分の目で見てみると、凄く粗末な物ばかりで、本当にこんなライターやら、キーホルダーが売れるのかと不安になりましたが、ここで帰るとも言えないし、僕は持参したワイシャツに着替え、人生で初めてネクタイをしました。ネクタイをした自分の姿を鏡に映
してみると、自分でも吐き出してしまうくらいに、似合ってなかったので、なんだかとても可笑しくなりました。紺色のジャケットを着て、アタッシュケースを手に車へと乗り込みました。辺りも薄暗くなりはじめて、飲み屋さんのネオンに、ポツリポツリと灯りがともり始めた頃でした、10軒位スナックが並んでいた通りに車を止め
『あそこの店は前にライターを買ってくれた店だ。今頃丁度ライターも切れているだろうから、ちょっと行ってみよう。』
勝海さんがそう言うと、二人で車から降りて、店へ向かいました。ノックもせずに店のドアを開け、中へ入り
『ママ元気。』
と、如何にも軽い調子で挨拶をしていました。すると中に居た50代位のママらしき人物が、店のカウンターの中で洗い物をしていました。
『ママ久しぶり、元気だった。』
『あぁ営業のお兄さん。』
『そう、そう近くに来たから、寄ってみたの。』
『なーにまた鹿島に来たの。』
『うん。そろそろライターも切れる頃だと思ってね。』
『何言ってんのよ。まださくさんライター残ってるわよ。』
『えーまだライター残ってんの。』
『そうよ。最近は不景気だし、タバコを吸うお客さんも少なくなったからね。』
『そうなんだ。なんだせっかく今日は新人を連れてきたのに。』
勝海さんは、そう言って、店のドアの前に、ぼーと立っていた自分をママに紹介し始めましたが、僕は戸惑いながら、軽く会釈をしました。
『景気が、よかったらね、ライターでも何でも買ってあげられるんだけどね。』
『いゃーそんな事言わないてさーママ。新人の顔をたててあげてよ。』
『今は本当に不景気なのよ。いつお店たたもうかと思っているくらいなのよ。』
『また、また、ママそんな事言って大丈夫でしょ。ママの店は。もう20年もやってきてるんだから。』
『買ってあげたいけどね。』
『あっ、そうだママ、ライターじゃなくてさ、冬のお歳暮代わりに丁度いい粗品があるんだ。まけてあげるからさ。』
そう言うと、勝海さんはアタッシュケースから、キーホルダーを取り出し
『ほら、これなんだけど、お店の名前も印刷できるようになってるからさ』
『お歳暮ね。お歳暮も今年は出せないわ。』
『そんな事言わないでさ。新人の顔をたてると思ってさ。今回だけでいいから、付き合ってよ。ママ頼むよ。』ママは買う事を拒否したがっていましたが、勝海さんも執拗に引き下がりませんでした。
『そうだ。買ってくれたら、後で飲みにくるからさ。』
『しょうがないわね。じゃ今回だけよ。』
『わかってるよ。』
posted by 斉藤勝也 at 00:06| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 小説「続人間失格」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

その19「降霊会」

短いながらも多少の刺激のあった、田舎での生活を終え僕は再び都会の街に戻ってきました。
田舎の神社で出会った少女や、若い芸者さんやらが、僕の記憶を、鮮やかに包み込み僕は暫くの間少しばかりの高揚感に浸っていました。が、次第にその感覚も薄れていき後に残るのは、またしても憂鬱だけでした。しかしながら、その頃の自分は憂鬱というものに、大変慣れ親しんでおりましたから、憂鬱な気分を、時には愉しむ事さえできました。
そんな或る日の事、僕に一通のハガキが届きました。差し出し人を見てみると、美術研究所時代の友人の名が記してあり、なにやら、怪しげなパーティーへの参加を促すものでした。以前、その友人の話を聞いた事がありますが、なんでもその友人は熱狂的な神秘主義者で、交霊会と称しては友人を呼んで、頗る怪しげな、サークルを、主催しているとの事で、参加した友人に話を聞いてみると、なにやら5、6人で、円いテーブルを囲んで、死んだ人間の霊魂を呼び込むというもので、友人云く、その時はニーチェと、スピノザの霊を、呼び込み、続いて日蓮の霊、最後にはお釈迦様まで登場したというのだから、驚きです。僕は半信半疑でしたが、退屈な時を紛らわせるには丁度いいし、余りにもデタラメだったら、僕は逆に、彼等に自分の得意な車輪眼で幻術を見せてやろう!そんなからかい半分の気持で、その会に参加する事にしました。
会は、個人の家で行われるとの事で僕は友人と一緒に、目白にある友人宅へ向かいました。家の前に着いてみると、なにやら西洋風の門構で、白亜の豪邸といったふうの佇まいでした。友人が呼鈴をならすと、お手伝いさんらしき人が出てきて、
「進お坊っちゃんの友人ですね」
「そうです。」
「どうぞ、中へお入り下さいませ。」
僕達は案内されるままに、家の中へと入りました。玄関の上を見ると、吹き抜けの高い天井があり、西洋風のシャンデリアが一つ、ぶらさがってありました。そのすぐ脇には二階へ通じる、螺旋の階段があり、僕達はその階段を上り、長い廊下の突き当たりの部屋の前まで案内され、お手伝いさんがノックをして、
「進坊ちゃん、お友達がお見えになりました。」
と、声を掛けると、部屋のドアが開き中から、パーティーの主催者である友人の松沢君が出てきて、
「よく来てくれたね、さぁ中へ入って」
とても愛想よく僕達を、部屋の中へ招き入れてくれました。部屋の中へ入ると、大きな円いテーブルがあり、その上にも煌びやかなシャンデリアが一つぶらさがっていて、中には、若い女の子二人と、男の人が、三人ばかりおりました。僕達は、最後のゲストだったみたいで松沢君が、
「これで、今日参加する、皆さん全て集まりましたね。では、始める前に、皆さん初対面の方もいらっしゃいますので、各自簡単に自己紹介して頂きます。」
そう言うと、一番はじに座っていた、女の子が、では私から自己紹介させていただきますと言って立ち上がり、
「私は、東京大学の文学部の吉澤と申します。今は、ジョルジュ,バタイユのエロティシズムについて研究をしていますが、心霊にも凄く興味があるので、今日この会に参加できる事を凄く楽しみにしてました。」
いかにも、真面目な文学少女といった風の、色の白い子で、とても堅苦しい自己紹介をしておりました。
次に挨拶したのは、20才そこそこの男の子で、これまた、蒼白い顔をしたいかにもインテリ風な子で、僕はこのような怪しげな会に、意外と頭の良い若い人達が、興味を持つものなんだなと感心しておりました。
そして、やがて自分の番がやってきました。皆いたってかたい自己紹介ばかりだったので、自分の頭の中には、例によって、どのようにお道化やろうかとばかり考えていましたが、とっさの事だったので、なかなか良いアイデアが浮かんできませんでした。しょうがなく僕もありきたりの挨拶になってしまいました。
「皆さん、はじめまして、僕は松沢君とは新宿にある美術研究所で知り合った仲で、油絵の勉強をしてますが僕も心霊には、凄く興味があり、会に参加する事になりました斉藤といいます。どうぞヨロシク。」
頗るありきたりの挨拶に、終始してしまいましたが、皆の自己紹介が終わると、主催者の松沢君が、「それでは、そろそろ、交霊をはじめたいと思いますが、始める前にあたって、幾つかの注意点があります。一つは、何が起こっても、皆さん、けして騒いだりなさらないでください。実験中はなにかと不可解な現象があったりしますので」
と怪しげな余興には、つきもののこちらの不安をかき立てるような事を言ってきました。
「では、始めるとしましょう。誰か、呼んでいただきたい人はいますか?もしリクエストがあれば、できるかぎりお答えします。」
はじめは誰もリクエストが、ありませんでしたから沈黙になりましたが、暫くすると、僕の隣の女の子が、
「個人的な関係の人でもかまいませんか?」
「通常は個人的な関係の方はなるべく避けて頂いているのですが、他にリクエストがなさそうなので、個人的な関係の人でもかまいませんよ」
「そうですか、わかりました。では、私の亡くなった、弟の霊を呼んでいただきたいのですが構いませんか?」
「大丈夫ですよが、弟さんは何故、亡くなられたのか、もしよろしければ、皆さんに亡くなられた理由を話してください。」
「わかりました、私の弟は、私がまだ7歳の時に水難事故で亡くなったのですが、今でも、私の両親はその事を引きずったまま、罪の意識に捕われています、ですから私も、一度弟と話せないものかと思い、今日はこの会に参加しました。
「解りました。弟さんのお名前は何といいますか?」
「賢太です、内藤賢太です」
「了解しました。少し精神統一をしますので、お待ちください。」
そう言って、松沢君は目を瞑り深呼吸を始めました。僕は最初、誰か他に霊を呼び込む専門的な、いたこみたいな人がいるのかと思ってましたが、どうも松沢君本人が、霊媒をするみたいです。
約5分位、精神統一をした松沢君は眼を開けると、なにやら険しい表情になっていて、とても迫真の演技でしたが、本人はいたって真面目で、立ったかと思ったらいきなり座り込み、顔をテーブルの上に伏せたかと思ったら、いきなり顔を上げてたかと思ったら、目が虚ろで、何やら訳のわからない言葉を発していました。
すると突然、彼は
「お姉、おいらだよ、賢太だよ」
と、亡くなった弟になりきって、喋り出しました。
「寒いよ、お姉ちゃん、ここは何処、おらはいったい今何処にいるの」
「賢太、本当に賢太なの!」
「お姉ちゃん、おらだよ、怖いよ助けて〜お姉ちゃん」
「大丈夫よ、賢太心配しないでお姉ちゃんが、ついてるからね怖がらなくてもいいのよ」
松沢君の、喋り出した太い声を、その子は弟さんだと思い込み、白眼をむいた松沢君に、必死になって話しかけていましたが、僕は、笑をこらえるのに必死でした。
「お姉ちゃん、おかあは何処にいるの、ママに会いたいよ」
その言葉が出ると、女の子は感情を堪えきれなくなったのか、ワンワンと泣き出しました。
「ゴメンね賢太賢太の事守ってやれなくて」
カーテンを閉め切った、薄暗い部屋の中、女の子の泣きじゃくる声と松沢君の太い声が、妙な調和を醸し出していて、とても滑稽でしたが、当人同士は、とても真剣だったので笑うに、笑えず、笑いをこらえる事がこんなにも、苦痛なものなのかと、感嘆しておりましたせいか、僕の感情は冷めるばかりでした。
松沢君の声を借りて喋りだした男の子と、その女の子は終いには二人共泣きだしてしまい、当人同士は、とても盛り上がってましたが、周りはシラケる一方で、冷ややかな視線を送っていました。
すると急に松沢君が、しゃがみ込み汗だくになって苦しみだしました。
すると、その女の子は松沢君のもとへと駆け寄り、
『大丈夫ですか』
と心配しておりましたが、松沢君はしゃがみ込んだままで、何も言いませんでした。
周りの人達は、皆心配そうにその様子を、伺っておりましたので、僕も、一応は心配そうな表情を浮かべ、様子を伺っていると、暫くして意識を取り戻した松沢君が、
『弟さんは、とてもこの世に未練があるので、交霊をしていてとても疲れます。もうすこしで私の意識を持っていかれそうになりました。
これ以上は、弟さんの霊と交信するのは無理です。』
松沢君は、もっともらしい言い訳をしておりましたが、私にはそれが、どうも胡散くさくて、もしそれが全て演技だとすると、僕なんか足元にも及ばないくらいの名役者です。
『疲れたので、少し休憩を取ります。』
松沢君が、部屋を出て行くと、皆、口々に
『ねえ、今の本当なのかしら?
本当に、弟さんの霊なのかしら?』
『なんか、胡散くさいわね?
本当に弟さんなら、弟さんにしか解らない事を聞いてみればいいのよ』
皆、半信半疑の様で、対話した当人も、先ほどまでは、かなり感情を取り乱していましたが、一旦、落ち着きを取り戻すと取り乱した事への、羞恥心が湧いてきたのか、余り多くを語りませんでした。
暫くして松沢君が戻ってきて、まるで、何も無かったかの様に
『其れでは、続きを始めましょう。誰か他に呼び出したい霊はいませんか?』
すると、今度は僕の隣に座っていた男子が、『あのー僕は、最近人間失格を読んだのですが、太宰治の霊を呼んでもらう事はできますか?』
松沢君は、意外にもあっさりと
『いいですよ、太宰治ですね。彼なら、前にも一度呼び出した事があるので、比較的呼びやすい方ですから』
不可解な事ですが、霊にも呼び出しやすい霊と、そうでない霊がいるみたいです。
松沢君は、また目を瞑りだし、精神統一をはじめました。
暫らくして、松沢君が、急に苦しみだしたかと思ったら、
『誰だ!私を呼ぶ奴は私は疲れているんだ、いい加減にしてくれ!またお前、かなんで俺ばかり、呼ぶんだ』
太宰の霊らしきものが、松沢君の口を借りて喋り出しましたが、その口調はとても男らしく、太宰の声とは思えませんでした。
『はじめまして太宰さん、僕は、最近あなたの人間失格を読んだのですが、あなたは、本当に太宰治さんですか?』
『お前は誰だ!俺に何の用だ。
何を今更、俺に聞くというんだ?
何もお前に話す事など無い!』
『太宰さん、僕は貴方の大ファンで、作品も数多く読ませて頂きましたが、今でも解せないのは、貴方が、若くして自殺した事です。
何故、貴方は死に急いだのですか?』
『忌々しい奴だな、今更そんな事、聞いてどうする?俺は死にたかった。
只其れだけの事だ!』
『太宰さん、それでは答えになってません。僕は何故、太宰さんが自殺したのかを知りたいんです。』
『うるさい奴だな、真相など今更
言って何になる。醜いだけだ!口から出るものは、全て醜い!俺の作品だけが全てだ!』
『それは解りますが、それでは、太宰さん、今でも死んだ事に後悔は無いのですか?』
『後悔などして、何になるんだ!
俺は、自分の生を真当したと、今でも思っている!』
『本当に貴方は、自分の生を真当したのですか?
貴方は、結局、自分を欺いていたのではありませんか?
違いますか?』
見るからに、インテリ風の男の子は、余程、太宰が好きだったのか、真面目な顔をして尋ねておりました。
『お前に、何が解るんだ!欺いて生きているのは、お前達の方だ!いいか、俺は死ぬ事に依って太宰治になったんだ!太宰治そのものが私の作品だ!』
『確かに貴方は、死ぬ事によって太宰という作品を完結したかもしれません。
しかし、自ら命を絶つという事は、人間にとって、決して美しいものではありません。
人間はいつか、皆、死を迎えます。
誰人も死から逃れられません。
貴女の死は、ただの現実逃避だ!僕にはとても受け入れられません。』
『言わせておけば、図にのりやがって、この若造が!お前に俺の苦しみなど
解るものか!
俺の生きる事の苦しみが、お前などに解るか!』
『確かに、貴女の苦しみは、僕には、わかりません。
しかし人間は、苦しみの中、生き抜く事で、自らの醜い姿を晒す。
そこに美があるのではないまでしょうか?』
『若造が何を言うか!
枯渇する才能、老いていく人間の姿、皺だらけの顔そんなものの何処が美しいというのだ!
苦しみに耐える人間の姿など美しい訳がない!』
『いいえ太宰さん、僕は決してそうは思いません。
人間の本質的な美は、朽ち果てていく所にこそ存在するのだと思います。』
その若い男子も、若さ故の理想主義的な、言動が目立ちましたが、松沢君から出る言葉を、完全に太宰のそれと信じている様子で、二人の議論は更に白熱していきました。
『おまえは、てんで解ってないな、
口果てる美だと、そんな甘ったるい美など、俺にはどうでもいい!
美とは、完結する瞬間に、ほんの一瞬だけ顔を出すものだ!
それこそが、俺には大事なんだ!
人間は生き続ける事により、より、いっそう、美から遠のくのだ!
解ったか、若造!』
『そんな、屁理屈は僕には、通用しませんよ。
太宰さんだいいち貴方が死に対して、そんな大義名分があったとは思えない!
もし、貴方が死に対して、そんな大義名分があったなら、女と情死など為る訳もない!
貴方の死は、忌まわしい、尤も忌むべき、センチメンタルリズムに他ならない。
要するに、貴方の死は感情に流されただけのつまらない死だ!』
青年も段々と感情的になってきました。
『なんだ!この野郎ー!
お前みたいなガキと話しなどしても
埒が空かない!
もう、俺にかまうな!ほっといてくれ!俺はもう帰る』
『また、そうやって逃げるのですか?
太宰さん、僕は、まだ貴方に聞きたいことが沢山あります。
逃げるのは卑怯ですよ!』
『所詮、僕は卑怯者です。
それは、貴方に言われなくとも自分の性分は、自分がイチバンよくわかります。』
それまで、随分と荒々しかった太宰の口調が、いきなり弱気になりました。
『嘘だ!貴方は本当は、自分を解っていない!
自分が解らないからこそ、自らを演じ、演出していたんだ。それは他ならぬ、あなたの自己欺瞞ですよ、太宰さん』
『なんとでも、言ってくれたまえ。
僕は、所詮、お道化の道に生まれた、哀れな芸術至上主義者なのですから。』
『貴方は、そうやって、いつも芸術至上主義なるものを、隠れみのにしています。
それが、あなたの常套手段なのでしょう?違いますか?太宰さん』
『では、君に聞くが、演技で死ぬ事などできますか?演技で、相手の女性を死なせる事などできますか?僕は、命懸けで、演じてきたのです。そこで悟ったのです。』
『何を悟ったというのですか?』
『生きる事の虚しさを。僕は、そもそも生きる事にむいていないのです。』
『生きる事の不安は、人間には誰にだってありますよ。太宰さん』
そこでいきなり、バタイユの研究をしているという、女の子が口をはさんできました。
『むろん、それはそうでしょうね。然しながら、皆さんは、生きる事への不安は多少あっても、それ以上に生きる事への、執着の方がお強いのです。大抵の人は、生きる欲の方が勝るものです。然しながら、厄介な事に、僕には、その欲がもともと無かったのです。』
『だからと言って、短絡的に死を選択する事は、愚者の選択ではありませんか?最初の自殺未遂の時は、貴方は一人、生き残り、相手の女性は死んでしまったのですよ!』
『あの時にいっそう、僕も死んでいればよかった。然しながら、僕は生き延びた?それが僕の宿命だった。』
『つまりあなたは、生き延びた事により、自らの運命を受け入れた?そう言いたいのですか?』
『運命を受け入れたというよりは、生き延びた事により、僕はそこで、生きる事への大義名分を授かったのです。』
『生き延びた事で、大義名分が授かるとは、どういう事ですか?』
『要するに、僕はそこで十字架を背負わされたのですよ。僕は一生、その十字架を背負って生きる事になったのです。それは自分にとっては、思いもよらない悲劇の幕開けでした。』
『しかし、あなたは生き延びた事により、作品を残せたのですよ!』
『ですから、それが、僕の背負った十字架なのです。僕は、自分が小説を書く事にむいていると思った事など、一度もありません。むしろ、小説家などといった商売は、自分には、不向きだと、常日頃から思っておりました。』
『つまり、自責の意味で、小説を書いたというのですか?』
『半分は、そう言えるかもしれませんね。』
『其れじゃ、あとの半分は何のために小説を書いたのですか?』
『それは、勿論、芸術の為です。』
『芸術の為とは、いったいどういう事ですか?』
『僕は、多少なりとも、芸術を愛しておりました。その事が、唯一、僕の救いでもありました。』
『では、貴方はやはり、芸術至上主義なのですか?』
『僕は、そういう意識を、持たざるをえなかった。たとえ、それが嘘であろうとも』
『嘘とは、どういう意味ですか?』
『それは、皆さんの御想像におまかせします。私は、もう疲れました。もうこれ以上、私を呼び出すのは、止めてください。僕は、静かに眠りたいのです。』
『太宰さん、まだ聞きたい事があるのですがよろしいですか?』
『私は、疲れました。お願いですから、もう帰らせてください。』
『それでは、最後にあなたの娘さんの事を、伺いたいのですが、よろしいですか?』
『娘の事?治子の事ですか?』
『そうです。治子さんの事です。
彼女は、今も生きてらっしゃいますが、何か、言ってやりたい事はありませんか?』
『治子は強い子、いや強く生きてもらいたい。ただ、それだけです。』
そう言い残すと、太宰らしき人物の声は、二度と松沢君の口からでる事はありませんでした。
太宰らしき人の声がしなくなって、暫くの間松沢君は無言のまま下をむいて、眉間にシワを寄せ、疲れきった表情を浮かべておりました。松沢君はのっぺりとした、典型的な日本人の顔をしていて、正確に言うと日本人というよりは、ひと昔前の、蒙古の人に、とてもよく似ていて、銀縁のメガネをかけていましたが、そのメガネは、今にもズレ落ちそうで、かろうじて、松沢君の大きな鼻頭に引っかかっているという状態でした。
『あぁ、疲れた太宰治は呼びやすいけど、この世に未練がなさすぎてとても疲れる』
『そんなに疲れるものなんですか?交霊って』
『えぇ基本的に交霊はとても疲れるものなんです。』
『実際、霊が降りてくるとは、どんな感覚があるんですか?』
『どんな、感覚と言っても、口で説明するのは、なかなか難しいのですが、一種のトランス状態になるんです。』
『トランス状態とは、どの様な状態になるんですか?
無意識の状態ですか、それとも意識は有るのですか?』
真面目そうな、東大生は、真剣な顔をして松沢君に質問をなげかけておりました。
『意識か無意識かと言われると、それは、どちらでもないです。
たぶん、意識と無意識の境を彷徨っている状態にあるのだと思います。』
『意識と無意識の狭間とは、どういう事ですか?』
『それは、僕にもハッキリとは、わかりませんが、相手の意識が僕の中に入ると、自然と僕の意識が支配され、僕は、何か自分の身体から離れるような感覚になるのです。』
松沢君は、尤もらしい答えをしておりましたが、僕には、それがとても胡散くさく思え、ペテンにかけられているようで、絶対に松沢君の正体を暴いてやろうと思い、次の質問をしてみました。
『松沢君、呼べる霊は、日本人だけですか?外人の霊も呼べるのですか?』
『外人の霊も呼べない事はないのですが、なかなか言語の問題があるので、難しいのです。』
『言語の問題とは、どういう事ですか?』
『外国人の場合は、言語が違うので、なかなか意味が正確に伝わらないのです。』
『と、言うと外国人の霊が、降りてきた場合は、その人の国の言葉では無く、日本語で話すのですか?』
『そういう事になりますね。』
『でも、それじゃ、松沢君は完全に意識がある状態じゃないのですか?』
『それは、先程も言いましたがその時の、状態は自分でもハッキリ解らないのです。』
『それでは、ひとつ、松沢君に、お願いがあるのですが、フランスの詩人のランボーの霊を呼んでいただけ
ないでしょうか?』
『今日は、もう疲れたので勘弁してください』
『では、次回は、ランボーを呼んでくれますか?』
『次回なら大丈夫だと思います。今日は、とても疲れたので少し休ませて頂きます。』
そう言い残すと、松沢君は、疲れた表情を浮かべ、逃げる様にして部屋を後にしました。
松沢君が、部屋を出て行くと、部屋の中は沈黙に包まれていましたが、暫くして、一人の年配の女性が、部屋に入ってきました。
『皆さん、こんにちは、私は進の母親です。進の馬鹿な芝居に付き合ってもらって、ありがとうございました。』
『え?芝居とは、どういう事ですか?お母さん?』
『皆さんも、はじめから解っていたのでしょう?』
『解るとは、何をですか?』
東大生は、少し不安げな表情を浮かべながら、羞恥の気持ちが、湧き上がってきたようです。
『ゴメンなさいね皆さん。あの子には、言わないで頂戴ね。実は、あの子、昔とても好きだった女の子がいて、その子に失恋してから、段々と気持ちが、不安定になって可笑しな言動をするようになったのよ。それで今も、精神科に通っているのよ』
『では、松沢君が喋っていた事は、全て嘘なのですか?』
『嘘というよりは、あの子の妄想なのよ、お医者さんが、言うには辛い現実を受け入れられなくて、妄想の世界へ逃げ込む、シンドロームの一種みたいで、妄想の世界を持つ事で現実とのバランスを保とうとしているのだそうよ。』
『そうなんですかそれは、おきのどくですね、』
さっきまで、松沢君の演技に、すっかり騙されていた女の子も、真実を知ると、まるで私は最初から解っていましたという様な顔をして、同情するそぶりをしていました。
『でも、全て妄想だとすると、それも、また何か特殊な能力が介在している様にも思えますね』
『お医者さんが、言うには、いったん妄想の世界へ入り込むとどんどんと、その世界が広がっていくみたいで、本人は、それを現実と思いこんでしまうみたいなの』
『へーそういうものなんですか?それは、また、たちが悪いですね。』
『そうね、もう、三年も治療を受けているけど、一向に良くならないのよ』
『お気の毒です。お母さまも心配ですよね』
『心配というか、もう私は、諦めてるの。べつに、日常生活に支障きたす訳じゃないし、このままで、いいと思うようにしてるのよ』
『でも、きっとまた、素敵な人が現れれば、病気も治るような気がしますけどね』
『それなら、良いんだけど、あの子も、余り新しい現実を見ようとしないのよ、毎日部屋に閉じこもって本ばかり読んでいるのよ。』
松沢君の母親から全ての事情を聞いた僕は、何だかとても松沢君の事が不憫に思いました。
僕達に話し終えると、松沢君の母親は、そそくさと、部屋を後にし、五分位して、松沢君が部屋へと戻ってきました。
勿論、皆何も聞かなかったというような、表情を浮かべ松沢君に接しましたが、その事が何だか、とても不自然で、皆何処かぎこちなく、松沢君が
『皆、どうしたの?下向いて?』
『いや、別に何でもないよ。皆、少し疲れたみたい』
『そう、やっばり、皆も、気持ちが入っていたから、疲れるよね』
『そうよ、私もかなり疲れたから、今日は、もう帰ります。』
『僕も疲れたから帰るよ。』
『なんだ、みんなもっと、ゆっくりしてっても構わないよ。』
『いや〜、ちょっとこの後、僕は、用事があるから』
『私も約束があるから、あまりゆっくりは出来ないのよ』
『そうなんだ。それは残念だね』
『また、次回やる時には、呼んでね』
その女の子は、心にも無い事を言い残すと、友達を連れて、帰って行きました。
『斉藤君達はどうなの?まだ時間は大丈夫なの?』
僕の友達はとても帰りたそうな顔をしていましたが、僕達が帰ると誰も居なくなる様な雰囲気だったので、そうなると松沢君が、何だかとても可哀想に思えたので、
『僕達は今日は、何も予定がないから大丈夫だよ』
と、言ってやりましたが、僕の友人はとても恐い目つきをして、こちらを睨んできましたがました。僕は、微笑んで、肩をボンと一つ叩いてやると、彼は、しょうがないなというような、表情を浮かべておりました。
『そう、それは良かった。其れじゃ、後で、斉藤君達の分も夕食作るように言っておくから今日はウチで一緒に夕食を食べよう。』
僕の友人は、下を向いたまま俯いていましたが、僕は、
『うん、いいよ今日は、一日、松沢君につきあうよ。』
結局、僕達以外は、誰一人として残る人はいませんでした。
松沢君は、内線電話の受話機を手に取ると、嬉しそうな顔で、お手伝いさんに
『今日は僕の友人が、うちで夕食を一緒にとるから、二人の分も夕食を作っといて』
そんな松沢君の表情に、僕は、人間のそこしれぬ孤独が隠れているようで、またしても、人の笑顔の中に、人間の哀しみを見る事になりました。
『そういえば、斉藤君はランボーが、好きだと言っていたけど僕もランボーは好きな詩人の一人なんだ。』
『そうなんだ、松沢君もランボーが好きなんだ。』
『うん、ランボーの詩は好きだよ、僕も。』
『ヘェ〜そうなんだ。じゃ今度交霊で、ランボーを呼ぶのは、案外簡単なんじゃないの?』
松沢君の真実を知った今、僕は、からかい半分で、松沢君に尋ねました。
『まぁ太宰よりは、簡単かな。何せ、彼はまだ此の世に言い残す事が、沢山あるみたいだからね。』
『ヘェ〜そうなんだ、ランボーはそんなに、此の世に未練があるんだ?』
『そうなんだ、何せ、彼は真剣に、詩人の言葉によって、革命を起こそうと信じていたからね。並々成らぬ、情熱を持っていたんだ。』
『でも、そんな情熱的な詩人が何故たった三年で、詩を書く事をやめたのかな?』
『それはねェ前に彼に.聞いた事があるんだけど、彼は本当は詩を書きたかったんだ。』
『でも、それだったら書き続ければよかったんじゃない?』
『いゃそれは書きつづける事は、できたよ、勿論!でもね、彼は自らの意志で、書く事を拒んだんだ。』
『何で、自らの意思で書くのをやめたの?僕はその事が聞きたいんだよ』
『それは、僕にもわからない、前に、聞いたことがあるけど、なかなか本音を言わないんだ。彼は芸術を信じすぎていたのかもね?』
『芸術を信じすぎていた?それはいい言葉だと思うけど。?』
『言葉だけ聞くと、美しく聞こえるけど、僕はあまり芸術を信じる事は、危険だと思うよ。』
『何で芸術を信じることが危険なの?僕は、芸術を信じてるよ。』
『信じるのは、君の勝手だけど、余り芸術に見返りを求めては駄目だよ。本当の芸術は、無償の行為なんだから。』
『無償の行為か?それじゃランボーは見返りを求めていたの?』
『見返りを求めていたというよりは、期待しすぎたんだよ。言葉による芸術に』
『期待しすぎた?芸術に。』
『たぶんね?』
『では、ランボーは、期待を裏切られたわけだ?』
『時代が彼の期待に答えてやる事ができなかったんだと思うよ。』
『そうか?時代が、彼の才能を認めるのに吝かだったという事か?』
『吝かというよりも、彼が生きた時代に、彼は必要無かったんじゃないの?』
『時代に嫌われた?』
『嫌われたというよりも、時代に求められていなかったんだよ』
『求められていなかった?』
『そう、君も知ってると思うけど、その頃のパリは政治的情勢も、かなり不安定な時だったからね。君もパリコミューンの事は知ってるだろう。』
『パリコミューン血の一週間か?彼は労働者の革命自治政府に幻想を見ていた?』
『勿論、彼は幻想を見ていたさ、ごく自然にね』
『愛と幻想のパリコミューンといった感じだね。哀しい詩人だね』
『それが、ランボーの持つ魅力のひとつでもあると思うよ。哀しみの無い詩人なんて、魅力がないよ。』
『まぁ確かに哀しみは、大いなる芸術の源泉だからね。』
『そうだよ、哀しみがあらゆる芸術に、色をつけるんだよ。』
『なるほどね、でも哀しみだけじゃ、人間は生きていてもつまらないよ。』
『勿論、だからこそ、哀しみの底に歓喜が眠っているんだよ。』
『哀しみの底の歓喜か?それは希望という事?』
『希望とも言えるけど、喜びといった方が正しいかもしれない。』
『喜びか?喜びも確かに人間には必要だね。?』
松沢君は、失恋した悲しみから、立直りたい様子でしたが、ランボーの事がよほど好きだったのか、ランボーの話になると、その蒙古人のような小さな瞳を、少年の様にキラキラさせておりました。僕の友人はというと、よほど退屈だったのか、いまにも泣きだしそうな顔をしてましたが、僕は優しく無視をしてやりました。
やがて、お手伝いさんの声がして
『進坊ちゃん食事の用意ができましたよ!』
僕達は、松沢君に別の部屋へと案内されました。部屋を開けると大きくて、長いダイニングテーブルがあり、天井には、やはり豪華なシャンデリアが、部屋の威厳を保つかのように、一つぶらさがって、奥にはグランドピアノがおいてありました。松沢君は、僕達をテーブルの席に座らせると、自分はピアノの前に座り、いきなりけん盤を、たたきだしました。
『食事の前に僕の演奏を聞いてよ』
そう言うと、いきなり、ショパンの英雄ポロネーズを弾き始めました
。正直いって、あまり上手じゃなかったようなきがしましたが、真剣にショパンを弾く松沢君の中には、これまた、ヒシヒシと悲しみに耐える人の姿が、映し出されていたので、思わず聴き入ってしまいました。
英雄ポロネーズを、弾き終えると仔犬のワルツや、月光やら、続けざまに弾きはじめましたが、どれもこれも悲しい曲ばかりなので、僕達は、いい加減、食欲を無くし、目の前に出された、牛のステーキやら、ファグラのステーキやら、普段あまり口にすることにできない、大変豪華な食事にも余り興味が持てず、無理矢理に口の中へと運びました。
食事をしている最中も、松沢君は、ずっとピアノを弾き続け、英雄ポロネーズから始まった演奏も、僕達の前に、デザートのチョコレートケーキが差し出された頃には、これがシメといわんばかりに、埋葬行進曲を弾き始めました。
僕は、埋葬行進曲もチョコレートケーキも大好物でしたが、こってりした食事の後に出る、デザートとしては少し重すぎます。さすがに埋葬行進曲を聴きながら食べる、チョコレートケーキの味は、コチラの舌の感覚をも鈍らせるもので、何やら、土かウンコでも食べているみたいな気分になりました。英雄ポロネーズを、弾いている時の松沢君には、多少の哀愁も漂っていましたが、埋葬行進曲を弾いている松沢君には、頗る滑稽な喜劇を見た様な思いがしました。
あぁ〜人の悲劇と喜劇とは表裏一体なり。
はたして我、行く先にどちらの賽の目いでるなり?
僕達の苦痛に満ちた食事も、演奏も、やっと終焉を迎え、これで僕達もようやく解放されると思い、友人の顔にも明るさが戻ってきましたが、
『最後にリクエストがあれば、応えるけど、斎藤君達、何かリクエストは無い?』
僕は戸惑いながらも、黙ってしまいましたが、僕の友人はすかさず
『あの〜悪いけど、俺、時間が無いんだ。もう帰らなきゃならないんだ!』
感情は抑えつつも、僕の友人としては珍しく声が昂っていました。
『あーそうなんだ。もう時間が無いんだね。ゴメンゴメン長居させちゃって。』
僕は安堵しましたが、次の瞬間、予想だにしない残酷な言葉が、友人の口から飛び出したのです。
『俺は、帰るけど、君は、まだ大丈夫だろ。今日は何も用事がないって言ってたもんな。』
僕は、突然の友人の言葉に戸惑いながらも、自分の耳を疑いました。
然しながら、時すでに遅し。松沢君はまってましたと、いわんばかりに、
『そう斎藤君は、まだ時間大丈夫なんだ。だったら、まだゆっくりしていきなよ。』
僕は咄嗟に、助け舟を期待して、松沢君のお母さんに視線をおくりましたが、お母さんは
『そうですよ。斎藤君時間があれば、ゆっくりしていってくださいな。なんなら、今晩泊まっていってもいいのよ。こんなに明るい進を見たのは久しぶりだわ。』
その言葉を聴いた瞬間に、天賦とでもいうべき、僕の優しさが顔を出し腹は決まりました。
『うん、僕は、今日は何の用事もないし、暇だからゆっくりしていっても大丈夫だよ。今日はトコトン松沢君に付き合うよ。』
松沢君は、子供の様な万遍の笑顔を浮かべ、小さな瞳がよりいっそう小さく見えました。
僕は、昔から相手の期待の意図が解ると、それに応えてしまうという癖があり、自分の意志とは、反対の事を言ってしまって、いつも後になって後悔をしてしまうのです。
食事を終え、友人は
『じゃー松沢君今日は楽しかったよ。また呼んでね。』
とても愛想よく帰っていきました。
僕と松沢君は、とうとう二人きりになりました。
『斉藤君は、お酒飲めるの?』
『まぁ多少は飲めるよ。』
『お酒は、どんな種類が好きなの?』
その頃の僕は、特別好きなお酒は無かったので
『お酒は、何でも飲めるよ。』
『そうなんだ、じゃこれから、僕の部屋へ行って、映画でも見ながらお酒でも飲もう。』
『うん、いいよ』
『これから、斉藤君と僕の部屋で、お酒飲むから、後で何か、つまみでも持ってきて』
と、お手伝いさんに告げると、僕は案内されるままに、螺旋の階段を上り松沢君の部屋へと案内されました。
部屋には、大きなテレビとベットが置いてあり、テレビの前には真っ赤な革張りのソファと、小さなテーブルがあるだけで、他にはテレビを置くための台が一つあるだけで、家具らしきものは無く、とても閑散としていて、ソファの深い紅色だけが、一際目立って、周囲の物と、とけ込む事を拒否している様で、如何にも松沢君を象徴しているみたいで、奇妙な孤独感がありました。
『斉藤君は、映画はよく観るの?』
『映画館では、あまり見ないけど、ビデオでは、よく見るよ。』
『そう、どんな映画が好きなの?』
『僕は、アメリカの映画は、余り好きじゃないよ。どちらかというと、ヨーロッパの映画の方が好きだよ』
『そうなんだ!じゃー僕といっしょだね!僕もアメリカの映画は、余り好きじゃないんだ。』
僕には、松沢君の映画の趣味ぐらいは、聞かなくとも、解るという位の、自負はありましたが、趣向が合うというだけで、嬉しそうにしている松沢君の姿を見ていると、過去に封印した、哀しきお道化の性みたいなものが自然と顔をだしてしまうのです。僕は、なるべく松沢君に話しを合わせようと思いました。
松沢君は、テレビ台の中から、お酒とグラスを取り出してきて、
『斉藤君は、ブランデーは好き?僕は普段ブランデーしか飲まないんだ。』
その頃はブランデーがとても流行っていましたが、僕はブランデーなど、普段あまり、飲んだ事がありませんでしたが、
『うん。僕もブランデーは、好きだよ。凄く。』
『そう、それは良かった。今、氷を持ってこさせるから。』
内線の受話機を手に取り
『氷と、つまみ、早く持ってきて。』
そう言うと、今度は何本かの、ビデオを、取り出してきて、テーブルの上におきました。
『ほら、コレ、最近僕は、ビスコンティーの映画にハマってるんだ。斉藤君はビスコンティーの映画は好き?』『勿論、僕もイタリアのネオリアリズムの映画は凄く好きだよ。』
『そう、それは良かった、それじゃ今日は、若者のすべて、でも見ようか』
『いいよ、あの映画は僕もすきだから。』
ビデオを、デッキにセットしているとドアをノックする、音が聴こえてきました。
『進さんおつまみ持ってきましたよ。』
と、お手伝いさんが、生ハムやら、メロンやら、チョコレートやら、オリーブなどがのった、大きなトレーを持ってきました。
氷も丁寧にクラッシュしてあり、松沢君は、スプーンで氷をすくいブランデーグラスの中にいれました。
『やっぱり、ブランデーは、この氷じゃないと美味しくないよね。』
『うん、そうだね』
『この生ハムもイタリア産のだから凄く美味しいよ。』
僕は、すすめられるままに生ハムを口にすると、脂が甘く、それまで食べた生ハムで、一番美味しかったような気がしました。
ブランデーも、ベルギー産のチョコレートといっしょに喰べると、とても美味しく感じられ、顔が赤らんでくるのが自分でもわかりました。やがて、ビスコンティの映画が始まり若き日のアランドロンがスクリーンに映し出されましたが、その姿を見て、松沢君は
『若い時のアランドロンは、とても綺麗だね』
と、言っていました。
僕は、過去にその映画は、何度か見た事があったので、余り映画には、集中出来ずにいて、酔いもまわってきたせいか、退屈な時間を、まぎらわせようと思い、
『松沢君は、失恋した事ある?』
と、たずねました。
しばらく、沈黙していましたが、
『うん、あるよ』
『松沢君でも、失恋した事あるんだ?』
『うん。』
『へーそれは、いつ頃の話、最近?』
『もう、何年も前の話だよ。』
『へーそうなんだ、その相手の人は、どんな人なの?』
松沢君は話すのを、躊躇しているようでしたが、酔っているせいか、だんだんと、重い口をひらきはじめました。
『じつは僕の家は親も皆、敬虔なクリスチャンなんだけどね。』
『へーそうなんだ。じゃーもしかして、その人もクリスチャンなの?』
『うん。とても敬虔なクリスチャンだよ。』
『へーじゃ教会か、何処かで知り合ったの?』
『うん、その子はね教会の職員だったんだけどね。』
『教会の職員か?年はいくつなの?』
『年は僕が知り合った頃は、まだ18歳だったかな。』
『へー随分と若いんだね』
『うん、僕より10も若かかったよ。』
『それじゃ、周囲から反対されたでしょう?』
『うん。』
『それで松沢君は、その子に告白したの?』
『いや、告白しなかった。』
『告白しなかったんだ?』
『うん、』
『なんで告白しなかったの?告白しなかったら、恋愛も始まらないよ。その子の事が好きだったんでしょ。』
『うん、凄く好きだった。今でも大好きだよ。』
『それじゃ、告白するべきだったんじゃないの?』
『うん、何度となく告白しようとしたけど、その子があまりにも純粋な子で、その子の事を考えると、なかなか告白する勇気が持てなかったんだ。』
『へー松沢君は真面目なんだね。でも告白しなかったら、今は凄く後悔してるでしょう?』
『うん、凄く後悔はしている。でも、もうしかたないよ。』
『ふーん、意外とクールなんだね松沢君は?』
『しょうがないよ。はじめから叶わぬ恋だったんだ。今は、そう思うしかないよ。』
そう言いながらも、松沢君は小さな眼に、いっぱいの涙をためておりました。僕は、そんな松沢君が、とても可哀そうに思い、松沢君の肩を優しく叩いて
『また、そのうち良い人に、出会うよ。』
と、言って励ましてやると、松沢君は、ワンワンと泣き出して、僕の肩に両手を回してきて、顔を僕の胸に埋めてきました。僕は、あまり良い気持ちはしませんでしたが、松沢君の事が不憫に思えたので、そっと、その苦痛に耐え、
『よほどその子の事が好きだったんだね。わかるよ。君の気持ち。僕も、失恋した経験があるから。』
『ありがとう。斉藤君。』
『いゃどういたしまして!でも松沢君、僕は思うけど、人間は失恋する痛みを知らないと駄目だと思うよ。』
『うん。』
『失恋をした事のない人間に、魅了を、感じると思うかい?
人は、自ら痛みを経験して、そこではじめて、人の痛みが解るようになるんだよ。失恋をした事のない人間なんて、カタワみたいなものだよ。』
僕は、必死になって、松沢君に、慰めの言葉をかけてやりましたが、松沢君は、泣き続けてばかりで、最初は、胸のあたりに、あった松沢君の頭が、段々と下に下がってきて、僕の股間近くに、松沢君の頭があり、少し違和感を感じましたが、僕もその時は、彼にかなり同情をしていましたから、特別股間に意識はいきませんでしたが、その態勢を続けるのに大変な忍耐を要すると思い、
『松沢君、その子の、写真かなにかないの?』
と、尋ねると。泣きながらも
『うん、写真はあるよ。』
『あ、そう、是非見たいな!』
『いいよ、君になら、見せてあげる。』
そう、言うと松沢君は、やっと立ち上がり、ベットの下から写真を、取り出してきました。
『ほら、これが、その子と僕が二人で映っている写真だよ。』
僕は、その写真を見て愕然としました。なんと、その写真の中に松沢君と一緒に映っている子は、まぎれもない、ふっくらとした可愛いい青年だったのです。
僕は酔いも覚め、その晩、松沢君の家に泊まる事を強引にキャンセルしました。
松沢君との怪しげな交友は、自然消滅しましたが、彼は僕の退屈な時間をまぎらわせてくれたし、それに何よりも人間の悲劇の欠片を少しでも、垣間見れたような気がして、その事が、僕の一番の収穫でありました。
それにしても、人間はまったくもってして、とても弱いもので、純粋に人を好きになるということは、その分、よけいに神経を使い、執着が強くなり、苦しみも自然と深いものとなるのです。
それはまさに、若きウェルテルの悩みの如きで、哀しき執着の伽藍といった感じで、古今東西、偉大な芸術家も、陥り易い愚かな罰であり、普遍的な悲しみの真理なのです。特に天才は、何度も青春を繰り返すというから、その執着は大変なもので、いいかえれば、天才とは、一つの執着に固執しすぎる未熟な人達なのです。松沢君は、天才ではないけれど、愚かさという点では、天才によく似ている。サルバドールダリが、愚かな者だけが、真実を語ると言っていましたが、僕は、自分が愚かな者という認識があるので、真実しか語らないという自負があります。でも大抵の人は松沢君の様に、自分の愚かさには気づかないで、ただ思いついたことを語るのです。
あぁ、松沢君に幸あれ!



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2009年03月15日

ニューヨークにて

katuya2.JPG
posted by 斉藤勝也 at 23:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

その18「故郷の芸者」

少女の幻影を引きずりながら、田舎での生活も、やがて一週間が過ぎようとしていましたが、僕は、叔父との退屈な会話に耐え切れなくなり、家の近くにある旅館に泊まる事にしました。その旅館は、田舎の家から歩いて20分ぐらいの所にあって、僕は予約を入れ、トコトコと歩いて旅館の入口の前に立ちました。
「いらっしゃいませ」
と威勢のよい声と共に年配の女性が出迎えてくれました。
少し緊張気味な僕は、「あっどうも予約を入れた斉藤です。」「あらお兄さん予約してきた方ですねまぁ八木華旅館へようこそ、こんなに寒い中、よく来て下さいましたサァさぁどうぞ上がってくださいな」
とても気さくに話しかけてきたので、僕は少しと惑いながらも靴を脱いで差し出されたスリッパに履き変え、女中さんに案内されるままに部屋へと入りました。部屋は和室の部屋が二つほどありました。その女中さんは、お茶を入れながら、
「お兄さん何処から来たん」
「東京から来ました」
「あら東京から来たん、それはそれはよく来たね、八木へは初めて来たん」
「この近くには母の実家があって、子供の頃一度母に連れられて来た事があります」
「あそうなのお母さんは、下田の人」
「はい」
僕は初対面の人と話す事が余り好きではなかったので、俯いたまま差し出されたお茶を啜り、話しが早く終わらないかと、少し不機嫌そうな表情を浮かべました。そんな僕の気持ちを察したのか、女中さんは食事の時間と風呂のある場所を告げると、そそくさに部屋を後にしました。僕は、やれやれと思い、窓の近くにあるソファーに腰掛けタバコに火を付け、外に目をやると渓流が流れ、静けさの中に白い雪がチラチラと舞い、一瞬孤独である事の安息感が僕を包み込み、このまま時が止まったらどんなに幸福な事だろう、そんな思いを巡らせていると、階段を上がる足音が僕の部屋の前で止まり、「失礼します」と言う女性の声と共に部屋のドアが開き、先程の女性とは違った、和服姿の女性が、襟などに手をかけながら、微笑ましい笑顔を浮かべ、僕の前に座りこみました。
「挨拶が遅れてすいません、私が女将の〇〇です」
「あぁそうですか」
「なぁにお兄さん東京からお出でになったの」
「えぇ」
「下田にお母さんの実家があるとかって伺いましたけど」
「はい」
「屋号は、なんておしゃるの」
「屋号?屋号って何ですか?」
「お母さんの旧姓は何」
「坂井です」
「坂井、名前は?」
「ミチ子です」
「あら、いやだミチ子ちゃんの息子さん、ミチ子ちゃんとは私同級生よ」
「こんなに、立派な息子さんがいるの知らなかったわ」
「ミチ子ちゃんとは、東京へお嫁に行ってから、もう何年も会ってないわ」
このままだと話しが長くなると思い、僕は疲れきった表情を浮かべ、何とか話しを早く終わらせようと思いました。
「あらそうなのミチ子ちゃんの息子さんなのミチ子ちゃん元気にしてる」
「えぇまあ元気です」
「あーそうそれはなによりね、それであなた仕事は何をなさってるの」
「えー仕事ですか、仕事は今画家を目指して絵の勉強をしています」
「あら絵を描いてるなんて、随分優雅な事ね、まだ親の臑を噛ってるんじゃないでしょうね」
まさか、この旅館の女将が母親の同級生だとは思いもよらなかったので、この旅館を選んだ事をとても後悔しました。僕は話題を変えようと思い、
「そういえば、女中さんが言ってたけど、この旅館には芸者さんがいるんですか」
「ええ恵子ちゃんて言う、若くてとても可愛い芸者さんよ、あーそうだ食事の時呼んであげるわ、一緒に遊んでいって頂戴」
「でも、芸者さんなんか付けると高いでしょ」
「大丈夫よ、お金の事は心配しないで安くしてあげるから、でもミチ子ちゃんには内緒よ」
「あはい」
僕は、ただ話題を変える為に芸者の話しをしたのですが、何故か芸者を呼ぶ羽目になってしまいました。
「それじゃ先ずは温泉にでも、浸かってゆっくりしてらっしゃい」
そう言いながら、やっと女将は部屋を後にしました。芸者か?いったいどんな娘が来るんだろう妄想癖のある僕は、温泉に浸かりながら雪国の温泉旅館の芸者というイメージを、自分で勝手に膨らませ、神社で見かけた少女のような娘が来ないかなと期待しました。
温泉に浸かると全身の疲れがとれ、とてもリラックスできました。やがて夕食の時間がやってきて、女中さんが料理を僕の部屋へと運んできました。山の中にある旅館なので、料理はやはり山の物が多く、山菜の天ぷらやら、川魚やらいろいろありましたが、僕は料理には余り興味が持てず、頭の中は芸者さんな事でいっぱいでした。料理が全て運び終わり、女中さんが、
「ではごゆっくり」
と言って部屋を出てゆき、僕はソワソワしながら芸者さんが来るのをじっと待ちました。5分位して「失礼します」という女性な声がして、僕は待ってましたといわんばかりに、とても元気よく「はい、どうぞ」と言って待ち構えました。部屋のドアが開き、僕は正座をしてたので、最初は和服の白い足袋だけが目に入り、ゾクっとしました。そして視線を上げると、そこには、神社で会った少女為らず、六十才位のおばちゃんが派手な化粧をして、派手な着物を着て立ってました。血の気が引くのが、自分でもわかりました。なにか、また少女とは違った、見てはいけない物を見てしまったような感じで、女将の顔が一瞬脳裏に湧いてきました。
「今晩わ、お兄さん、スミ子です」
とてもかすれた声で挨拶をしてきました。
僕は、まるでピンと張っていた糸が突然切れて、大空の彼方に飛んでいく凧にでもなったような気分でした。
「あら、お兄さんどうしたの、そんな怖い顔して、大丈夫よ緊張しなくても、もっとリラックスして頂戴」
そう言いながら、僕の横に座りグラスにビールを注いできました。
「はーいお兄さん今日の素敵な夜に乾杯」
僕は思わず、殴ってやろうかと思いました。
でも何とか、怒りを抑え冷静に振る舞いました。
「あれ、女将さんは恵子ちゃんと言う若い芸者さんが来ると言っていたんですけど」
「あらなーに、私じゃ不満かしら」
「いや別にそういう訳じゃないけど」
「私だって、まだまだ若い娘には負けないわよ」
「いゃ別にそういう事じゃなくて」
「なんて冗談よ、恵子ちゃんは、今、違う席にお呼ばれされてるから、1時間位したら来るわよそれまで嫌でしょうけど私で我慢して頂戴だい」
「いや、別に大丈夫ですよ、僕は年上の女性も好きですから」
「まぁ無理しちゃて」「いや、別に無理してないですよ」「お兄さんはまだ、若いから解らないかもしれないけど、女は年齢じゃないわよ、若い娘には無い、魅力が年上の女にはあるのよ、さぁ、お兄さん私にもお酒を注いで頂戴」
僕は言われるままに勢いよく熱燗を注いであげました。
酒が進むにつれ、その芸者さんはとても愚痴ぽっくなっていきました。
「私だって若い頃は、綺麗だったわよ、今の若い娘なんかには負けないわよ」
「いゃいゃ今でも充分綺麗ですよ、肌なんか特に」
僕は、自らの悲しい習性から、なんとか必死に、その女性の美しい所を探してやりました。
顔立ちは、けして美人とは言えませんが、東北の出身だけあって、肌だけは、とても白く綺麗でした。
「そうでしょ、私お肌には自信があるのよ、ねぇ、ちょっと触ってみる」
「いゃいゃいいですよ」
「大丈夫よ、そんなに恥ずかしがらなくて、ほらちょっと手を貸して」
そう言いながら、その芸者さんは、僕の手を取って、強引に自分の脇の下の方へと持っていきました。
「ねぇお兄さん見八つ口って知ってる、」
「いいえ知りません、何ですか、見八つ口って?」
「それじゃ教えてあげる」
そう言って僕の手を強引に引っ張って、
「ここが見八つ口って言うのよ」
次の瞬間、僕の手の平にとても柔らかくて温かい肌の感触が伝わってきました。
酒が入ってるとはいえ、一瞬の予期せぬ出来事に戸惑いながらも、心臓の鼓動が激しくなっていき、僕は白痴的感覚に襲われました。
「ねぇお兄さん、おばさんも、まだ捨てたもんじゃないでしょ」
その言葉はまるで呪詛か何かの言葉の様に聞こえました。
僕は余りの気まずさから、お酒を飲むピッチも、自然と早くなり、その後は何やら、気まずさと嫌悪と高揚の中、お互いに酒を飲み交わしては、たいした会話もなく、そそくり合いだけが、唯一の喜びであるかのような、虚無感に、満ちた時間だけが、悪戯に過ぎていきました。
暫くするとドアをノックする音と共に甲高い声が、部屋の中に響き渡りました。
「失礼します、恵子です」
「あら恵ちゃん、やっと来たわね随分遅かったわね」
「すいません、前の席が長引いたものですから」
「さぁ早く座りなさい、こちらのお兄さん、さっきから、随分長い事お待ちかねよ」
「スイマセン、遅くなりまして」
「いぇいぇ大丈夫ですよ」
「さぁお兄さん、恵子ちゃんにもお酒注いであげて頂戴」
言われるままに、僕は日本酒を注いでやりました。
「それじゃ、私は、お邪魔だから、そろそろオイトマしようかしら」
去っていく、年配の芸者さんの後ろ姿には、どこか、日蔭者だけが持つ、独特の哀愁みたいな物が漂っていました。
「ごめんなさいね、お兄さん長い事、待たせてしまって」
「いぇそんな事ないですよ、」
「お姉さん面白い人でしょう、芸達者で」
「えぇとても愉快な人ですね、ただ芸は一つも見せてもらえなかったけど、本当に芸なんかやるんですか?」
「あらお姉さんは三味線や日本舞踊の名手なのよ」
「あーそうなんですかとても楽しい人ですね」
「お兄さんは東京の人なの」
「えぇまぁ、そうです、母親はこっちの人ですけど」
「あーそうなんだ、いいわね東京なんて、私、東京へは中学生の時に、一度、修学旅行で行ったきり、行ってないわ」
「東京なんて、たいして、善い所じゃないですよ、ただ人間が多いだけの所で、それもつまらない人間ばかりで」
「そんな事ないでしょ私いつか、東京へ行ってみたいの、東京へ行って芸者をしてみたいの」
「へーそうなんだ、恵ちゃんは出身は何処なの?」
「私はね糸魚川よ、糸魚川って言っても、解らないでしょ?」
「うん、それって新潟?」
「そうよ、新潟だけど富山に近い所なの」
「そうなんだ、それで何で、こんな山奥の旅館で働いているの?」
「いろいろ事情があってね」
「へー事情ってどんな事情?」
「たいした事じゃないけど小さい頃、私、両親を亡くして、下田に住む親戚の家に引き取られたの」
たいした事じゃ無いと言いながらも、その若い芸者さんは、大変重い話をしてきました。
「へーそうなんだ、それは大変だったね」
「まだ、もの心もつかない小さい頃だったから、そんなに大変ではなかったわ、何がなんだか、解らないままに、親戚の家に引き取られていったて感じ」
「へーぇそうなんだでも、それでなんで芸者さんになったの」
「ここの女将さんと私の伯母が遠い親戚で、誰か良い娘いないって事で、紹介されて、この旅館で働く様になったの」
「なるほどね」
「始めは、私だって、ただの女中の見習いとして働いてたわ」
「へぇそれが何で、また?」
「私、元々芸者さんに憧れていたの、綺麗な着物を着たり、踊りや三味線をやってみたかったの」
「へぇーそうなんだそれじゃ、夢が叶ったんだね」
「えぇそうよ」
「それはよかったね」
「うん、それにここの女将さんも、とても良くしてくれるしね」
「ところで、お兄さんは、仕事は、何してるの?」
「仕事、仕事は、今は、何もしてないよ、画の勉強をしているんだ」
「へー、画を描くんだ凄いね、私、そういう人尊敬しちゃうな」
その若い娘は、無邪気に何の意図も無く、尊敬という言葉を使ってきたので、僕は尊敬なんて言葉は、自分には、縁の無い言葉だと思っていたので、ちょっと意表をつかれました。
「いゃ尊敬なんて事、された事もないし、これからも尊敬なんて、される事は、ないと思うよ」
「えーどうして?だって凄いじゃない、画を描くなんて、私にはできないもの。」
「まぁ確かに、誰にでも出来る事じゃないけど、画を描くなんて、余り、賢い人間のやる事じゃないよ」
「そうかしら、そんな事は、ないと思うけど、お兄さんは、もっと自分のやる事に自信を持たないと駄目よ」
画を描くという事に、全く自信の持てなかった、
僕は、「そうかな」と軽く一言だけ返答しました。
「そうよ、画を描けるなんて、凄いステキな事じゃない、私だって、できれば画を描きたいもの、」
そうやって、僕は、よく、他人から励まされるのですが、またしても、素人の、若い娘から励まされました。「描きたいなら、描いてみれば」
「私は、駄目よ、絵心なんて全然、無いもの」
「大丈夫だよ、絵心なんて、無くても、絵は描けるし、偉い画家にだってなれるよ」
「そうなの、そんな事ないでしょ?」
「いゃ本当だよ、だって、絵心なんて、一体、誰が判断するの、?所詮は人が判断するものでしょう、人が判断する物は全て曖昧だよ、絵心の定義なんて何もないよ」
「そりゃそうだけど、やっぱり、私には絵は描けないわお兄さんは、どういう絵を描くの?人物?それとも風景?」
「僕は人間しか描かない」
「それじゃ、人物ね」
「うん」
「じゃ、私、描いて貰おうかしら」
「君なら充分、絵のモデルになれるよ」
「本当、嬉しいわ」
その娘は、器量は、余り良くありませんでしたが、恵まれない生い立ちのせいか、何処となく、不幸者の匂いが漂っていたので、絵のモデルとしては、大変素晴らしいものを、持っていました。
「でも、お兄さん何で絵を描こうと思ったの?」
「何でと言われても、困るけど、神の啓示があったからかな」
僕は、返答に困り、いい加減な事を言ってやりました。
「えー嘘でしょう、本当に?」
「本当だよ」
「凄いわね、じゃお兄さんは、神様を信じてるのね?」
「あーもちろん信じてるよ、君はどう、神様を信じる?」
「私も信じるわ」
「へー若いのに、意外と信心深いんだね」
「だって私、神様に救われたんだもん」
「へー本当、凄いね」
「凄いでしょ、でも、本当よ」
「神様って本当にいるんだ」
「だって自分だって、神の啓示を受けたって言ったじゃない」
「まぁね」
「でもね、私、神様はいると思うわ、絶対に」
「そうだよね」
「だって、私、本当に、何度となく神様に救われたもの」
「へーそれは凄いね」
「そうよ、凄いわよ」
「僕も救われるものなら救われたいな」
「あら、お兄さんは私なんかより、ずっと恵まれているから、そんな事思わないでしょ」
「そんな事、ないよ」
「私は、今までいろいろと、辛い事が、沢山あったから」その娘は、酔っているせいか、目に、少しばかり、涙を浮かべながら、自分の過去に思いを巡らせているようで、最後には、自分の不遇が、自らの宿命であるかのような、諦観にも似た、薄ら笑いを浮かべておりました。
僕は、そんな彼女がとても憐憫に思えました。
世の中には、臑に傷を持つ身、などと言う言葉がありますが、自分も所詮は、いわゆる、世の中の、はみ出し者で、日蔭者だという意識が、常に、何処かにありまして、スミ子さんや、恵子ちゃん、みたいな人に出会うと、何故か、自分の同朋や、同志の様に思えて、そういう人達と接すると、自分でも、うっとりするぐらいの、優しい気持ちになれるのです。
それは、まるでマリア様や菩薩の様に、無限の優しさを持てるのです。
あぁ真に不幸な者ほど、芸術から愛され、真に不幸な者ほど、信仰から愛されるものなのです。
それにしても女性という生き物は、なんて不幸を、耐え忍ぶのに力強いものなのか?
「そんなに、辛い事が沢山あったんだ?」
「いろいろ、あったわ」
「それは大変だったね」
「ねぇ、お兄さん、お兄さんは、死のうと思った事は、ある?」
その娘は、いきなり、僕の予想だにしない事を言ってきました。「いゃ、憂鬱になる事は、しょっちゅうあるけど、本当に死のうと思った事は、まだ一度もないよ」
「じゃ、一緒に今晩、死んでみましょうか?」
人生で初めて、耳にした言葉に、僕は一瞬戦きました。
「なんてね、冗談よ、びっくりした?」
「いゃ、別にびっくりはしないけど、死ぬなんて、余り、簡単に考えない方がいいんじゃない、生きていれば、そのうち、きっと、良い事があるよ?」
「そうかしら、良い事なんて、本当に、あるのかしら?」
「あるさ」
僕は、自分で、もっとも確信を持てない、返答をしてやりました。
「それに、君は神様を信じてると言ったじゃないか」
「えぇ神様は信じてるわよ」
「神様を信じてる人が、死にたいなんて、思うのは、変じゃないの?」
「そうかしら、私はちっとも変だとは思わないわ」
「そうかな?」
「そうよ、神様を信じるという気持ちと、死にたいという衝動は、別のものよ」
「そうかな、僕には、なんか矛盾しているように思えるんだけど」
「そんな事ないわよ、ちっとも、矛盾なんかしてないわよ」
「だって、希望を持って、生きるという事が、イエスの教えじゃないの?」
「えー勿論、そうよ、私だって希望は持ってるわ、でもね、時々、無性に死にたいと思う時が、あるの。」
「へー、そうなんだ」
「だから、そういう時は、私ね、実際に、自分の手首を切ってみるのよ。そうすると自分でも、不思議な位落ち着くのよ。」そう言いながら、彼女は、着物の袖を捲り、左手を、そっと、僕の目の前に突き出しました。そこには、なにか刃物で切った様な、無数の切り傷がありました。
「凄いね、実際に手首を切るんだ?」
「えぇ、実際に、自分の手首を切ると、血が、でるでしょう、その血を見てると、私、このまま本当に死ぬのかしら?なんて、思いながら意識を失うの。」
彼女は、まるで、自分の手首を切る事によって、生きているという、実感を掴もうとしているような、一種の、倒錯めいた性癖のように、僕には、思えましたが、彼女の手首にできている傷が、余りにも生々しいので、
人間の生きる事の、辛さが、そこには象徴されているようで、何だかとても強い恐怖を感じましたが、その時は、かなり酔っていたので、その恐怖心は、すぐに愚鈍な感覚に包まれ、死に対する好奇心だけが残りました。
「でも男と女が、一緒に死んでみるのもいいかもしれないね、情死って、何だか、ロマンチックだもんね」
「そうでしょ、私も、そう思うわ、愛しあう、男女が、一緒に手を取り合って、天国で永遠に結ばれるの、なんてロマンチックなのかしら」
「天国か?君は天国が本当にあると思ってるんだ?」
「勿論よ、天国は絶対あるわよ!私は死んだら天国へ行くわ。」
「ふーん、それはよかったね」
僕は、元来、地獄というものは信んじれても、天国というものは、どうしても信じる事が出来ない、性なので、少し冷笑気味に返答してやりました。
「だって、天国が、無かったら、この世の中、とても不公平だもの。私、天国があると思う方が自然だと思うわ」
「まぁね、確かに、世の中の理不尽を考えると、天国があると考えた方が、人は救われるよね、特に不幸な者と、善人にはね。?「そりゃそうよ、!私だって、最後は救われて、天国へ行きたいもの!絶対に!」
「そりゃ、そうだよね、でも天国へは、善人しか行けないんだ?悪人は行けないの?」
「勿論よ!悪人が天国へ行けるわけ無いじゃない!何言ってるのよ!悪人は、地獄へ行くって決まってるのよ!」
その娘は、おそらく、死というものが、人間に裁きをくだす、人間界の、中の、唯一な、平等であるとかのような、何か強い信念みたいなものを持っているようでした。
善人は平等を欲し、悪人は、不平等を欲するものなのです。
恵まれない者ほど平等を望み、恵まれし者ほど、平等を嫌うのです。
しかし、人は生まれながらにして、平等で、ある訳もなく、世の中は常に不平等の中に成り立っていて、とても理不尽なものなのに、その健気な娘は、悪人は絶対に天国へは行けづ、また逆に、善人は地獄へ行く事は無い。という理屈みたいですが、僕には、到底その様な理屈は考え難く、死んで地獄も天国もあるものかと思いますが、その娘の不遇な人生に思いを馳せると、天国というものが、実際にあればいいなと思いました。
その後も二人で、かなりお酒を飲みましたが、
酔いは、醒めるばかりでした。

タグ:芸者
posted by 斉藤勝也 at 02:28| 東京 ☀| Comment(12) | TrackBack(0) | 小説「続人間失格」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月31日

その17「森の中の少女」

次の日、僕はとても朝早く目が覚めました。東京の生活では無かった事です。

静寂さの中に凜として漂う空気、突き刺すような寒さ、朝がこんなにも厳かなものだとは、知らなかった。竹やぶの背景に聳え立つ遠くの山々の間には、霧が立ち込め、健全な美と怪しげな美しさが入り交り、妙な調和が保たれていて、僕は逸る気持ちを抑えきれず散歩に出かけました。
それはまるで歩き始めたばかりの幼子が道を歩くように、思考はとまり、無我夢中になって自然の中を、さ迷っているという感覚でした。煩わしい憂鬱などはに、全く介抱されずに、僕の心は高揚感に満たされ、しばらく歩いていると鳥居が見えました。そこは古ぼけた田舎の神社で、鳥居のすぐ後ろには、大きな杉の木が人間を見下ろすかのように立っていて、朝の静寂さがよりいっそう辺りに神秘な空気を漂わせ、僕の好奇心を駆り立てました。
僕はまるで導かれる様に自然と鳥居の前まで来ていました。
恐る恐る鳥居を潜り、杉の木の下まできて、木の根に目をやると、まるで巨人の足のようで、上を見上げると、いまにも押し潰されそうな気がしました。境内に近付き中を覗くと、何やら小さな円い鏡らしき物が奉ってありました。子供の頃近くのお寺で、閻魔大王の像を見た時の様に一瞬、なんとも言えぬ神秘的な恐怖とでも言う様な感覚に襲われました。
とその時です、背後に何か気配を感じ、ぱっと後ろを振り向くと、通り抜けてきた、杉の木の横に何やら少女らしき子が立っていました。一瞬その子と目が合いました。少女の瞳は、一瞬で私の全てを見透かすようで、、少女はニコッと僕に微笑みかけてきました。僕はその笑いに、可愛らしいさと恐怖を同時に感じ、戸惑いを隠しきれずぼんやりと霧の中に浮かぶ少女の姿を、恐る恐る凝視しました。それはまるで夢の続きを見ているようで、とても現実とは思えない、デジャブの様な、不思議な時が、ほんの一瞬流れました。次第に羞恥心と絡み合った恐怖感も薄れ、僕は勇気を出して少女に近付こうと思い杉の木に一歩一歩近づきました。しかし、三歩ぐらい進んだ時、少女は急に後ろを振り向き、まるで雲の上を走るかの如く、スーと霧の中へ消えていきました。僕には、その少女が一種の瑞光の様に思え、少女を追い掛けようと思いましたが、その欲望は一瞬にして消え去りました。それはなぜか、その少女に我々人間とは、まるで別の世界で生きているような、気高さを感じたからで、それはまさに精霊のようで、欲望の強き俗者は、けして近づく事を許されない厳格な規範が、そこにはあるようで、近づきたくても近づけない存在感がその少女にはあり、僕は後悔の念を持ちながら、何やらボンヤリとした気分のまま神社を後にしたのですが、少女の印象がどうしても頭から離れず、徐々に後悔の念に苛まれ始め、僕は規範を侵す快感を感じながら、少女の残像を追いかけ始めました。それはまるで、幻影につき動かされる獣か何かの様に、汗みどろになって、必死で山道を駆け登り、川を渡り、畦道では何度も脚を取られながらも、だいぶ長い事、走り、歩き続け、ふと気がついてみると、息は切れ、体はへとへとになってました。疲れ果てた僕はいったん家に戻り休息を取る事にし、タバコを燻らせながらゲーテの詩集なぞを読み、牧歌的雰囲気に浸ろうとするのですが、集中できず、どうしても少女への思いは断ち切れぬまま、辺りには次第に夜の帳が落ち始め、街灯も少ない田舎では、ただ静かな暗夜だけが広がり始め、部屋の中にはカチカチという、柱時計の音だけが異常に大きく響いて、静かなる時を刻んでいました。神経が高ぶっている僕には、そんな静けさに耐え切れず、ふと表に出てみたくなり、玄関の戸を開けてみました。するとそこには都会の夜とは、まるで違う、もう一つの、夜の世界が広がっていました。それは正に「夜の太陽」の世界で、その夢幻の光が、怪しげに家の隣にある竹やぶを照らしだしていて、僕は自然にその光に引き寄せられ、残酷にもその強烈な青い光は、再び少女の残像を映し出し、僕はその幻影に狂おしいまでの感情を抑えきれず、少女に導かれるが如く、再び暗い暗夜の中を月の光だけを頼りにさ迷い始めました。
しかし、歩いても歩いても残像だけが目の前を通り過ぎるだけで一向に少女の実像とは巡り会えず、気がついてみると、少女を見かけた神社の前まで来ていました。神社の前には、薄っすらとした、いまにも消えてしまいそうな街灯が、一つ、不気味に鳥居を照らしだし、それはまるで、突然の夜の訪問者を冷笑するかの如く、とても薄気味悪いもので、反対側に目をやると黒い山のシルエットだけが立ち並び、夜の神社の不気味さと絡み合い、僕は強い寂寥感に襲われ、思わずその場に立ちすくみました。夜の静寂さがこれほどまでに、恐ろしいものとは思いもよりませんでした。僕は、余りの恐怖から、その場を立ち去る事しか考えられず、逃げる様にして走りだしました。
逃げても逃げても、暗い木々の間からは、何やら得体の知れない声が、僕を追い掛けてきている様で、それはまるで少女を追い掛ける事を咎めるかの如く、森に住む精霊達の怒りの様でもあり、僕は必死の思いでその森の声を遮ろうと思い、両手で耳を塞ぎながら走り続けました。聴覚を遮断すると、視界までもが狭くなり、自ずと恐怖心が増してくるもので、なんでもない木々までもが、何やら得体の知れない、もののけの様に見えてきて、僕はそんな恐怖心と戦う事で精一杯で、やっとの思いで家まで逃げ帰ってきました。部屋に戻ると、何もなかったかの様にカチカチという柱時計の音だけが、静かに響いていました。

次の朝、突き刺すような寒さに、起こされた僕は、ふと外に目をやると、辺りには、一面の銀世界が広がっていて、僕は眠い眼を擦りながら、一瞬目を疑いました。そこには、都会では目にする事の無かった真っ白な白銀の世界が、音も起てず、深々と降り注ぐ雪の中に、静かに埋もれていました。一瞬で私の眠気も覚め、思わず玄関へ行き、扉を勢いよく開け、まるで子供の様に外へ飛び出しました。辺りは、まだ少し薄暗かったので、雪の白だけが、とても印象強く僕の視界に入ってきました。正に一夜明けると、そこは雪国でした。
僕はなぜか凄く、嬉しくなり傘も差さずに歩きだしました。近くに八木山という、山があるのですが、いつもは鋭く突き出た岩肌も、薄っすらと白く染まり荒々しいまでの風貌もその時ばかりは、なにやら禀とした女性的な優雅さを誇り、厳しい風雪を耐えしのんでるかのようで、それは本当に美しいものでした。


あぁ自然は偉大なり。
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posted by 斉藤勝也 at 02:56| 東京 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 小説「続人間失格」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月08日

その16「信仰の虚しさ」

しかしながら、僕の精神は不安定になり、罪の意識に苛まれました。

なぜならそれは、より美しい作品を描く為とはいえ人工的に作られた違法的な媚薬を使用するという事は、道義的な悪であり人間としての尊厳を失うもので、強いては神聖な芸術の領域を汚すものなのではないかという、非常に気真面目で、滑稽な罪の意識でした。つまり、僕はそこで初めて、自分は人間失格者ではないかという、自らの意識に出会う事となったのです。
もちろん十代の頃にも悪い事をしているという罪悪感はありましたが、それは、表面的な事であって、自分の自我が生み出す葛藤や罪悪感とは違い、ありきたりの罪悪感でしかないのです。
ありきたりの罪悪感とは何か、それは葛藤の無い罪悪感であり、たいていの人が持っている、自分自身を納得させる為に持つ罪悪感の事です。そこには人間としての誠実さなどは無いのです。あるのは、自己に立脚したエゴイズムだけです。
そのような考え方ができるようになったのも、十代の頃に比べたら、とても進歩的な事でした。
でもそんな得体の知れない足枷が、僕の二十代を、よりいっそう神経質なものにさせたのです。その頃の僕の精神はとても不安定なもので、自分の中の獣的なものと精神性を求めるものとの葛藤が、常に自分を悩ませていました。僕はその悩み事の解決策を、信仰の世界に求めるようになっていきました。それは一見して矛盾のように思われますが、どうしても、その足枷の正体を尽きとめたいという願望と、それを自然な姿で受け入れ、自らを蘇生させ、生まれ変わりたいと切に思ったからです。
僕は、毎日のようにお題目を唱え、自分自身の内的変革を祈ってました。
僕の性格は、一旦一つの物事にこると、その事に熱狂的なるという傾向性があって、その頃の僕は、仏教の思想を信じて、絶対的幸福な境地を目指そうと真剣に思ってました。
よく友人と幸福について議論などしました。「絶対的幸福って、どういう事、人間は、本当に絶対的な幸福になれるものなのかな?君はどう思う?」
「絶対的な幸福なんてものは本当はそんなものありゃしないさ」
「でも、僕の信じているところの信仰では、この信仰をしていれば絶対的なな幸福になれると言ってる」
「馬鹿だな、お前は、絶対的幸福なんてものは本当はそんな物ありゃしないのさそんなものは、ただの幻想だよ、恋愛と一緒でな、」
「へーそうかな僕は、違うと思うな、絶対的な幸福境涯は、あると思うよ、それはかなり人間の主観的な問題だと思うけど、絶対にあると思うよ悟りの境地みたいなものが」
「お前はまだ世間を知らな過ぎるよ、悟り、なんてものは幻想に過ぎない、いいか人間は、どこかで幻想を見たがるものなんだよ、何故だか解るか?」
「いや、解らない」
「いいか人が生きていくって事は、基本的には辛い事なんだ、辛いめに会った時、人は幻想を持つものなんだよ、人間の脳が、そういう仕組みになっているんだ、よく砂漠で喉が渇いている人間が、遠くの方に水溜まりが見えるっていうだろう、仕組みはあれと一緒だよ、全ては人間の脳が創りだす蜃気楼さ、人は幻想を見ないと生きていけない動物なんだよ」
「いや僕は、そうは思わない、絶対幻想なんかじゃないよ、恋愛も幸福も君が体験してないだけさきっと砂漠の果てには、真実があるはずだ、恋愛でも、幸福でも絶対的なものがね、」
「だから、お前は馬鹿だって言うんだよ、地平の彼方に真実が存在すると、思う事自体が、幻想だっていうんだよ、いいか、信じるという行為そのものが、幻想願望だと言ってるんだよ、俺は、」
「いゃ違うよ、絶対に、僕は、地平線の彼方に実体があると信じている、信じるという行為は、けして幻想なんかじゃない、まだ僕達がそこに行き着いてないだけだ、僕は信じるよ、絶対的な幸福を」
「お前は、ロマンチストだな、でなきゃ、馬鹿な夢想家だ、いいか、俺は幸福が無いとは、言ってない、お前が、絶対的な幸福なんて言うから、話が、ややこしくなるんだ、いいか、俺が言いたい事は、幸福という奴は、けして絶対的なものなんかじゃないんだって事だよ、世の中の幸福というやつは、どれもこれも、みな相対的なものの上に成り立ってるものなんだよ、俺はそれを声を大にして、馬鹿な夢想家のお前に言いたいんだよ、けして幸福が無いなんて言ってないぞ」
「じゃ君の思う幸福とは一体どんなものなんだ君は幸福について、何を、知っているというんだよ」
「いいか、ここからがお前みたいな夢想家には大事な事だから、よく聞け、幸福なんてものはな、基本的に言えば、欲望の充足にすぎない、人は皆、自分の欲望が満たされた時に、幸福になるんだ、欲望の満たされない幸福なんて、そんなものは、そもそも存在しないんだよ、解るか、いいか、人間は欲望の対象を手にした時に、初めて幸福感という、感覚を味わう事ができるんだ、それを幸福だと錯覚するのさ、いうなれば幸福なんてものは、錯覚の原理の上に成り立った、物欲にすぎないのさ、それが俺の言う幸福の実態さ、絶対的幸福なんて有り得ない、もし百歩譲って、そんな物があるとしても、そんな物の価値など誰も認めちゃくれないぞ、今の時代はな特に」
「いや僕が夢想家なら、君はただの俗物に過ぎない、君の言っている事は、ただの唯物論的幸福だ、そこには、何も精神的な価値が存在しないじゃないか、価値の創造というものがあるんだよ、僕は信じてるよ精神の創りだす、相対的でない幸福を」
という具合にロマンチストの僕と、リアリストの友人との議論は、永遠に和解する事はありませんでした。その友人を仏教に誘い込む事に失敗した僕は、何故か虚しさで一杯でした、それは誘い込みに失敗した虚しさというよりは、もっと何か違った虚しさでした。

いったい、この虚しさは何だろう、どこからきているものなのか?

僕は、自らの憂鬱を、考え始めました。
都会の憂鬱、芸術の憂鬱、信仰の憂鬱、生きる事への憂鬱、いったい憂鬱という感情は何だろう?
何故、人は憂鬱になるのか?
僕には、自分が憂鬱になる理由が解りませんでした
人は何故、信仰という名の希望のバイブルを手にしながら、憂鬱になるんだろう?

そんな素朴な疑問が、ボンヤリと、僕の頭を叩くのです。
あー人生とは一行のボードレールの如し
まさか、自分がこんな感覚に襲われるとは、思いもよらない事だった

いったい自分とは、何だろう、何故、今、ここに存在しているんだ
宿命の為?それとも宿業?過去の世からの因果の為?

業とは、いったい何だろう、僕はどんな業を背負っているんだろう

人間は、はたして業を作らずに生きていけるものなのか?
それとも、人は皆、業を持つ故に、業によって生かされているものなのか?

そんな、生きていくうえで、どうでもいいような事を、考えるのが、その頃の僕の憂鬱な時間の、過ごし方でした。

そんな頃でした、僕の友人の一人が、ある新興宗教にハマッテいて、僕の事をその宗教の集会へ誘うので、僕は、その団体の真実を見極めようと思い、友人の誘いに乗る事にしました。
集会所についてみると、ステージの上の、中央にできた立派な椅子の上に、長いヒゲに長い髪をしたなにやら教祖らしき人物が、マイク片手に、ドンと構えて、信者に説法をしていました。
教祖の説法が終わると隣にいた、何人かの弟子の内の一人が、
「それではこれから尊師への、質問コーナーとなりますので、皆さん手元の紙に、何か尊師に質問がありましたら、書いてください、その中から、何人かの質問に尊師が答えてくれます」
と言ってきたので、僕は手元にあった紙に、自分の思い悩んでいた事を次のようにしるしました。

「欲望は、否定して、生きるべきか?、肯定して生きるべきか?」

僕は紙に、そうしるし、弟子の人に手渡しました。
その会場には、約二百名位の信者の人が来ていましたが、しばらくすると、弟子の一人がマイクで
「質問をされた方の中で、次に名前を呼ばれた方は、ステージ上にあがって来て下さい。」
と言われ、三番目位に自分の名前を呼ばれたので、僕はステージの上に上がりました。
全員で十名位の人が、ステージに上がり、順番にマイク片手に、ステージ中央に腰掛けている、教祖に自分の書いた質問を読みあげていきました。
マイクが僕の手に渡され僕は次のように、質問を読み上げました。
「全ての人間は皆、欲というものを持っていますが、はたして人間が生きていく上で、その欲は、否定して生きるべきか、それとも肯定して生きるべきか?尊師はどのように、お考えですか?」
すると、その教祖は、
「その質問は、今この場所で答えると皆が混乱してしまうので、後で貴方に直接お答えします」
と言われ、僕は納得のいかないままステージを後にしました。
集会が終わり、僕は弟子の一人に呼ばれ個室に連れて行かれ
「ちょっとここで待っていてください」
僕は、あの教祖が質問に答えてくれると思い、ドキドキしながら待っていると、しばらくして、現れたのは三十代の長い髪をした化粧も一切していない清楚な感じのする女性でした。
話を聞いてみると、その女性は尊師の一番弟子みたいで、僕のさっきの質問に対して、そのような疑問を持つ人はタントラヤーナという修行に向いているのだといったような意味のことを説明してくれました。
そして、
「あなたは普通の人より、霊格が高いわよ。是非、教団に入って、その霊格を磨きなさい」
と、その教団への入信を奨められました。僕は、自分が今属している団体では見ることの出来ないどこか神秘的なムードの漂う女性に、霊格が高いなどと言われて、思わずうっとりとしてしまい、勧められるがままに入会申し込み書に名前と住所を記入し、入会手続きをしてしまいました。
そして、その教団の集会に参加した僕は、その事を地元の幹部の人に報告しました。もちろん自分がその教団に入信したことはないしょにしておきました。すると、その純情熱血幹部の人は何を思ったのか、急にスイッチが入ってしまい、おーと叫びだし、
「よーしよくやった斎藤君、それでこそ男子〇だ君は男子の中の男子だ俺は、そういう熱い男が好きなんだ」
と、顔が真っ赤に染まり目はまるで昔のスポコン漫画のように、充血していました。
僕は、まさかこんなにリアクションが激しいとは思わなかったので、とても驚きました。
「いやー、実は俺も前からあの教団は、どうも好きになれなかったんんだ、なんかふざけているし、うさん臭いこの間の選挙は、なんだあれは、皆で、着ぐるみなんか着やがって、変な歌を歌いやがってあれでも宗教団体か」
一度、その人にスイッチが入ってしまうと、もう誰も、その人を止められません
「なんだ俺も行きたかったよ、斎藤君、俺がいたら、もうグーの音もでないくらい論破してやったのに」
とても悔しそうな顔をしていたので僕は、また来月集会があるみたいだよ、と一言いったら、その人の目が子供のように、キラキラ光りだして、
「本当か、斎藤君それは、いつ何処でやるんだ」
と段々、彼の顔つきが、変わってきました。
僕もこれは、ちょっとマズイと思いながらも、
「今度は世田谷の道場でやるみたいな事言っていたよ」と、火に油を注ぐような事を言ってしまいました。
「なに世田谷でやるのか、本当か斉藤君、ヨシャ、これで決まりだ〜斎藤君、行くぞ〜」
「行くって、何処に行くんですか、」
「決まってるじゃないか、あいつらの道場に乗り込むんだよ」
「えー本当ですか?」
僕は一瞬目が点になり自分が言った事を後悔しました。
「でも、先輩、一人で行くのは、大変ですよ辞めた方がいいですよ」
「何言ってるんだ、君も一緒に行くんだよ」
「え!、」
「これは、戦いだ、言論の勝負だよ、斉藤君、負けるわけにはいかないだ、仏法は勝負だよ、聖戦だ」
人と争う事が大嫌いな僕は、冷ややかな視線を彼に注いだのですが、そんなものは、彼の熱い視線の前では、無力です。たぶん彼は勝負という事を間違って捉えているのだと思いました。その晩から、僕は毎晩悪夢にうなされる事になりました。
それから、一週間がたち、とうとう、その思いがけない無謀な約束事を実行する日がやってきました。
僕と先輩は、その教団施設の前に、立ちました、先輩は興奮する、自分を抑えられないのか、なにか、ぶつぶつ独り言を言っているようでした。
約三十人位、その教団の信者が来ていました。
幹部らしき人物が、二三人にいて、着ぐるみを着た人が一人たってました。僕は笑いを、堪えるのに必死でした。隣の先輩の顔を見ると笑いを堪えるというよりは、怒りを堪えてるといった感じでした。
「なんだ、あの着ぐるみは、ふざけやがって」
一人の幹部か、説法と称する話をしました。
「今の時代は、末法で釈迦の説いた教えが、世の中に受けいられない時代になりました、そこで我々は、末法の衆生を救済する為に教えを解いているのです」
そんな話が1時間位続いて、最後に、その幹部は
「末法の時代には、天変地異が起こりやすく、近いうちに、東京でも未曾有の災害が、起こるでしょ」
と、最後には、予言めいた事を言ってました。
隣に座っていた先輩の顔をチラッと見ると、先輩の顔が、真っ赤に染まって、なにやらまたブツブツと独り言を、言っていました。
すると、調度その時、幹部の話が終わり、「何か質問がある人いますか」と言ってきました。
こりゃマズイと思った瞬間でした。
その先輩は、急に立ち上がり、
「俺は、仏法を信仰してる物だが、君達の話を聞いていると、まるで、ただの予言じゃないか、仏法じゃない」頭ごなしに彼らを否定し始めました。
予想してた事とは、いえ、僕は自分の血の気が引いていくのがわかりました。
その場は一瞬、なんとも言えない静寂さに、包み込まれました。
そして次の瞬間、饒舌な幹部の一人が、
「あまり興奮しないでください。質問があるなら、答えますので、前に出て来てください、」
そう言われると先輩は待ってましたと言わんばかりに、前へ出て行き、興奮しながら、
「いいか、君達仏法っていうものは、とても、奥が深いんだ、現実の生活に即してこそ、仏法なんだ、君達のように、出家しても今の時代には意味がない」
先輩はとても興奮した口調で喋りはじめました。
すると、テレビでも何度か見た事のある、饒舌な幹部はニヤリと笑い、仏教について訳の解らない難しい話をしだしました。
「あなたは無明という事を知ってますか?」
「なんだそれ、そんな変な言葉知らないよ、どうせ君達が作った言葉だろう」
また向こうの幹部はニヤリと笑い、
「無明という言葉の意味も解らず仏教を語ってるんですか、」
と先輩を馬鹿にしたような、口調で言ってきたので、先輩の顔は、馬鹿にされた怒りと、少しばかりの羞恥が混ぜ合わさり、真っ赤に染まってきました。
「いいですか、無明と言うものは、あなたみたいな事を言うんです。無知の根源です」
と幹部の反撃が始まり、訳の解らない、難しい言葉を巧に使い、仏教の説明をしてきました。
そうなると、先輩にはもう勝ち目はありませんなにしろ、先輩は勢いはかなり、ある人なのですが、理屈にはめっぽう弱い人で、特に勢いのある理屈責めには、とても弱く、どうしても感情が先走ってしまい、支離滅裂になって、議論にならないのです。
それでも先輩は、感情に任せて、
「馬鹿野郎、解脱だか無明だかなんだか知らねえがそんなもん俺のやってる仏法には無いんだよお前達の教えは邪道なんだよ」
「まぁそんなに興奮せずに聞いてください、今、貴方がおっしゃた邪道という言葉の語源だって仏教用語ですよ」
「そんな事知るか、そんな事はどうでもいい、兎く、俺が言いたいのは、仏教の教えだって現実の社会の中で役立たなきゃ駄目なんだ、出家して修行なんかしたって何の意味もないんだよ俺が言いたい事はそれだけだ」
「そんなに開き直られても困ります。いいですか、仏の教えを世に広めるにも、ちゃんと理論の裏付けが無くては広まりませんよ、あなたは勉強不足です、もっと仏教について勉強すべきです」
「うるさいボケ、そんな事あんたに言われなくても解ってる、余計なお世話だ」
二人の議論はヒートアップしてきて、先輩は完全に感情のコントロールを失っていました。
一人は熱血漢の直情型で、勢いに任せて話す男ともう一人は、口八丁、手八丁の表面的な、軽い男が、二人で熱心に、互いの主張を曲げずに議論してる。
そんな光景が、僕には何だか、とても滑稽に見えてきて、お可笑しくなってきました。
途中までは、その先輩も勢いおいに任せて、なんとか応戦していましたが、段々と形勢がわるくなってきて、後半は相手の話を一方的に聞くだけになっていました。
助け船を何度となくだそうとも思いましたが、あまり感情的な議論は好きではないのでやめました。
やがて二人の白熱した議論が終り、僕等は、会場を後にしました。
会場を後にする先輩の後ろ姿には、敗戦棋士のような哀愁が漂ってました。
僕は、無口になった先輩に、
「いゃー先輩さすがですね、先輩の迫力には誰もかないませんよ、ちゃんと解る人は、解ってくれるから、大丈夫ですよ先輩」
先輩を慰めるのに必死でした。
その事件以来先輩は、自然と信仰から遠ざかっていきました。

僕の方はといえば相変わらず、憂鬱な毎日が続いて、仕事をしても遊びに行っても絵を描いても、なにひとつ自分を満足させてくれるものは無く、神経だけが過敏になっていき、都会の灰色混じりの陽光が、やけに眩しく感じるようになり、白昼はあまり外に出る事なく、僕はまるで吸血鬼にでもなったかの様に、薄汚いコンクリートの上に浮かぶ月夜を好んでは、一人家の屋上へ出ては、混乱した自分の神経を落ち着かせていました。不思議な事に満月の夜だけは、僕の憂鬱な気分も忘れ、底知れぬ高揚感に満たされるのでした。それでも、そんな都会の憂鬱に耐え切れなくなった僕は、旅に出る決心をしました。二十年ぶりに母の実家のある新潟へ行く事にしたのです。
新宿まで新幹線の切符を買いに行きました。田舎へは子供の頃に母に連れられて行ったきりで、一人で行くのは初めてでした。母の実家は新潟と言っても、東三條から車で1時間位走った山の中にあり、とても自然が豊かな場所で、大漢和辞典の著者でもある、漢学者の諸橋徹次の生まれ育った下田という山里です。東三條に着いた僕は、バス停を見つけ、時刻表に目をやりました。母の実家のある、停留所まで行くバスは、1時間に一本の割合で走っていました。
バスに乗り二十分も走ると車窓から、山間を流れる川が見えてきました。子供の頃に一度来た事があるとはいえ、都会育ちの自分にはそんな田舎の光景がとても新鮮に写り、僕の擦り減った神経が、何か、荘厳なものに包み込まれるような気がしました。
初めて自然の光景に感動を覚えた瞬間でもあり、それと同時に子供の頃田舎へ行った時の記憶が鮮明に蘇ってきました。
それは妹達と一緒に、川で蛍を取ったり、カブトムシを捕まえたりした、何か人間らしいほのぼのとした記憶です人は誰でも、どんな罪人でも、幼少の頃の、そんな記憶に触れると、自然と記憶に温もりを感じるものだと思います。僕も、その時ばかりは、車窓に突き刺す夕日と、幼少の頃の蘇った記憶とが、温かく自分を包んでくれて、それはまるでマリア様にでも抱かれているような錯覚さえしました。僕はそれまで女性の中に本当の慈悲というものを感じた事は一度もありませんでしたが、自然の光を浴びた一瞬の記憶の彼方に、慈悲というもののイメージを感じとる事ができました。
都会で見ていた、太陽は、僕にはどうも眩しすぎたのです。それはどういう意味かと申しますと、罪を犯した人間が、罪の意識を背負いし時に、清廉潔白な善良な人間と対面すると、その罪悪感が増すのと一緒で、都会のコンクリートは、僕にとって罪を創りだす空間であり、その頭上に輝く太陽とは、余りにもコントラストありすぎたのだと思います。だから無意識のうちに都会の太陽を嫌っていたような気がします。やがてバスは諸橋徹次記念館を過ぎて、終点である八木前に着き、僕はバスを降りて、母の実家を目指し、歩きだしました。
家は木造の二階建てで、家のすぐ横には、竹やぶがあり、神秘と奇怪の入り交じった、不思議な景観をしていました。それが妙に私の気を引き、竹やぶの奥へ入ろうと思って近付いてみるのですが、その奥には何か得体の知らぬ物が、うごめいているようで、僕の足を躊躇させました。
家の中に入ると、叔父が
「勝也、久しぶりだなよく来たな、何年ぶりになる、こげんでかくなりおって」
ありきたりの挨拶でしたが、方言を聞き取るのに苦労しました。
田舎の人と話すのに慣れてない僕は、簡単に挨拶をすませ、客間の隣に逃げ込みました。
それにしてもバスの中で体験した感覚は一体何だろう?
都会の陽光に、感じる事の無かった太陽の光。
僕等は太陽の光を通して過去を体験しているのでは無く、無限の法則、本当の慈愛を体験しているんだ。
それが、ランボーの言う永遠なのか?
それまで凍りついていた僕の血管に血が流れ込み、硬く閉ざされた僕の神経神を和らげてくれました。
あぁ自然は偉大なり。

タグ:幸福 信仰
posted by 斉藤勝也 at 17:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説「続人間失格」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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